アイザック・ニュートン 太陽光を七色に分解した科学者

プリズムで太陽の光を七色に分解

「万有引力の法則」で有名なイギリスの科学者アイザック・ニュートン(1643〜1727年)も、光について研究していました。1664年、ペストという病気が大流行して、ニュートンがいたケンブリッジ大学は一時閉鎖されることになりました。

そこでニュートンは「プリズム」を実家に持って帰り、プリズムに光をあてる実験を行うことにしました。プリズムとは、ガラスなどからできた透明な三角柱で光を屈折させたり分散させたりするものです。すでに一世紀頃には使われていました。

彼は、実家の窓の扉に小さな穴をあけて、太陽の光を暗い部屋に入れ、プリズムに当てました。すると、白い色をしていた太陽の光は、虹のように赤色から紫色の七つの色に分かれてプリズムから出てきました。

これらの色をレンズとプリズムを使って集めると、ふたたび白い色に戻ります。こうしてニュートンは、「太陽の白い色の光は、すべての色の光が混ざったもの」であること、そして「色によって屈折する角度がちがう」ことを、確かめました。

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アイザック・ニュートン

アイザック・ニュートン(1643〜1727年)

『光学』プリズムによる光の分解と結合の説明

『光学』プリズムによる光の分解と結合の説明

レンズに見切りをつけて反射望遠鏡へ

「色によって屈折する角度がちがう」性質のことを、「色収差(いろしゅうさ)」と言います。ニュートンがプリズムの実験をしたのは、よい性能のレンズを作って、はっきりとした像が見える天体望遠鏡を作りたかったからでした。

しかし、色収差があるために、どんなにうまくレンズを作ったとしても、像はぼやけてしまうことがわかりました。そこでニュートンは、当時発明されたばかりの「反射望遠鏡」を作ることにしました。

反射望遠鏡では、レンズの代わりに、へこんだ鏡で光を集めます。鏡では、色が変わっても反射角度は変わらないので、色収差は起きません。こうして完成したのが、「ニュートン式反射望遠鏡」です。

その望遠鏡は、長さが約20cmしかありませんが、倍率は約30倍もありました。この反射望遠鏡は、当時のヨーロッパで大きな話題になったそうです。

ちなみに、ちがう材質で2枚のレンズを作り、それをうまく組み合わせると、色収差を小さくすることができます。こうしたレンズのことを「色消しレンズ」と言います。残念ながらニュートンは、色消しレンズについては研究しませんでした。

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ニュートン式反射望遠鏡(レプリカ)

ニュートン式反射望遠鏡(レプリカ)

出典:The Royal Society

ニュートンと光の「粒子説」

ニュートンは、61歳になる1704年に『光学』という本を出して、光についての研究を発表しました。若い頃に行ったプリズムの実験、ニュートン式反射望遠鏡のしくみ、虹が空気中の水滴によって作られるしくみなどが、イラストとともに説明されています。

この本の序文には、こう書かれています。
「私のねらいは、仮説によってではなく、推論と実験によって、光の性質を示し、実証することです。」

ニュートンは、基本的には「光は粒である」と想定して、この本を書きました。こうした考え方を「粒子説」と言います。しかしその一方で、光には波としての性質もあることも、ニュートンは理解していました。

はたして光は、粒子なのか、波なのか…?
20世紀にアインシュタインらによって光の正体が解き明かされるまで、まだ200年近い年月が必要となります。

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『光学』の表紙

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『光学』虹のしくみについての説明

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光の科学者たち

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