大判インクジェットプリンター 「imagePROGRAF」の
開発秘話

グラフィックアート市場向けモデルのラインナップが完成

POINT 1

顔料インク12色を搭載した4機種を同時開発

開発テーマは高画質化、生産性向上、安定した色再現

大判インクジェットプリンター「imagePROGRAF」シリーズの12色インクモデル(iPF9400、iPF8400、iPF6450、iPF6400)が2012年夏から発売されています。顔料インク「LUCIA(ルシア) EX」を搭載し、使用可能ロール紙が24インチから60インチまでの各機種。これでグラフィックアート市場向け大判プリンターのラインナップが完成しました。ここまで製品化を推し進めてきたのは、どのような背景によるものですか?


キヤノンが先頭に立って掘り起こしてきた市場が着実に広がりつつあるからです。

どういうことですか?もう少し詳しくお願いします。


高画質写真やアート作品、高精細プルーフ(印刷前の色校正)、商業用ポスターといったグラフィックアート分野には、もともと大判インクジェットプリンターに対する潜在ニーズがありました。しかし、これまでは、画質に満足し切れないユーザーもいらっしゃったようで、市場の広がりにいまひとつ勢いが出ませんでした。そんな様相を変えたのが、キヤノンが業界に先駆けて2006年に発売した12色の顔料インクを採用した機種でした。そして、2010年に発売した「iPF8300」では高品質の顔料インク「LUCIA EX」を搭載し、大幅な高画質化を実現しました。その結果、グラフィックアート市場がぐっと広がったのです。

原 勝志(はら かつし)

開発担当分野:画像プロセス

なるほど。そういう市場の推移を踏まえて、製品をより充実させようと。それでは今回、どのようなコンセプトで開発に入ったんですか?

渡辺
従来機種の性能を凌駕するものでなければならないのは当然ですが、テーマとしては3点ありました。第1に、さらなる高画質化。これは、プリンターの新規開発では必ず掲げられるテーマですね。そして第2に、高速化とダウンタイムの削減による生産性の向上。第3に、色再現の安定性向上です。

全チームが胸に刻んだ妥協を許さぬ決意

では、皆さんそれぞれが具体的にどの部分の開発を担当し、どんなテーマに取り組んだのでしょうか?原さんからお願いします。


私のチームの最大の使命は、高性能のインクが本来持っている色を引き出しながら、同時に印刷スピードをいかにして2倍にするか。そのプロセスを設計し、不具合なく制御することでした。

高画質化と高速化は反比例します。何も工夫せずにスピードを2倍にもしたら、まさに見るも無惨な(笑)結果になりませんか?


その通りです。反比例することを高次元のレベルで両立しなければならない。難しい開発であることは最初から分かっていました。しかし、私のチームが少しでも妥協すると、いくら高性能のインクを使っても画質は上がりません。絶対に妥協しないという強い意志をチーム全員に徹底させました。

渡辺
途中で妥協しないという決意は、メカ開発チームでも同じです。今回、私は「iPF6450」と「iPF6400」のメカ開発の取りまとめを担当しました。テーマは、高速印刷とストップレス印刷によって生産性を大幅に向上させること。加えて、約2.3倍の大容量インクタンクも使えるようにすること。この2機種は上位の「iPF9400」「iPF8400」に比べて小型ですから、構造的に一筋縄ではいかないんですね。そのほかにも、チャレンジする事柄が重なっていて、私は内心、できるかなあと(笑)。不安は大きかったですね。

渡辺 繁(わたなべ しげる)

開発担当分野:メカニズム

そうでしたか。心中が察せられます。そういった点、永山さんはどうでしたか?

永山
確かに不安はありましたよね(笑)。でも実は私は、高精度なカラー濃度センサーを新開発するという任務にワクワクしていました。
我々のチームなら絶対できるという自信のようなものもあったので、楽しみややりがいのほうがずっと大きく感じられました。

そのセンサーが色再現の安定性を強化する上で必要だったんですね?

永山
そうです。このセンサーを使って行うカラーキャリブレーションは、色味のバラツキを抑制します。同じ機種はもちろんのこと、印刷サイズが違っている機種でも、「imagePROGRAF」シリーズの同じインク色数をもつ機種であれば、常に統一的な色味での印刷を可能にするという優れものです。

山本さんは、製品に付属するPCアプリケーションの開発担当でしたね。3人の方たちとは違う思いがあったのでは?

山本
私が担当したのは、ポスター作成ソフトウエア「PosterArtist」のバージョンアップです。このソフトウエアは「imagePROGRAF」シリーズで共通に使えるもので、私は最初のバージョンから関わってきましたから、なおさら妥協してはならないと腹を決めて臨みました。

特に力を注いだのはどこですか?

山本
ユーザビリティをさらによくするという点です。デザインの知識がなくても、プロ並みのポスターデザインが旧バージョンよりもずっと簡単にできるようにする。それが一番のテーマでした。

POINT 2

高画質化と高速化を両立させる開発の難しさ

地道なテストの繰り返しで高画質化を実現

それでは、皆さんが開発された内容について具体的にお聞きします。まず「高画質化」ですが、今回はどのような取り組み方だったのでしょうか?


「LUCIA EX」の持つ高画質はそのままに、インクを吐出させる印刷制御面での改良が中心でした。

2010年発売の従来機種に搭載した「LUCIA EX」は市場で好評だと聞いています。それ以前の「LUCIA」からどのような改良を加えたのでしょうか?


顔料インクは、染料インクよりも鮮明な色を出せるものの、反射光や散乱光によって本来とは違った色に見えるという課題があるんです。印刷面に顔料の粒子が乗っているために起こる必然的な現象なのですが、このデメリットを極小化すべく、顔料の素材と印刷制御との両面から対策を講じました。

印刷制御としては、どんな手を打ったんですか?


インクジェットプリンターでは、異なる色のインクが重なり合って目的の色を表現しますが、機種ごとにインクを吐出する順番は決まっているんです。その順番を従来機種とは変えました。12色のインクは、すべて特性が違います。光によるデメリットを低減させる上で、重ねるインクの下層に置いたほうが、つまり先に吐出させたほうがいい色のインクと、逆のほうがいい色のインクがあります。その組み合わせを検証し、散乱光などの悪影響が最も少ない吐出順を見つけ出したんです。

インクの組み合わせと吐出の順番を変えながら、ひとつずつ実際に印刷しては反射を計測したということですか?


そうです。地道なテストの繰り返し(笑)。印刷の画質を高めるための近道ってないんですよ。

うーん、なるほど。「LUCIA EX」の特徴である深みのある黒の表現は、そういった地道な不断の努力によって成し遂げられたんですね。

生産性を高めるために講じた2つの方法

今回の開発テーマの2番目は「生産性」です。端的に、印刷スピードを上げれば、生産性はよくなります。「iPF8400」などの新機種は、高画質化を図りながら、従来機種と比較して約2倍という驚異的な速さを実現しました。どんな“魔法”を使ったんですか?

渡辺
インクジェットプリンターの印刷では、紙の同じ場所をヘッドが何回か走査してその場所の作業を終えてから、次の場所へ移ります。その繰り返しによって1枚の印刷を完成させているんです。したがって、場所ごとのヘッドの走査回数を減らせば、1枚全体を仕上げる印刷時間は短縮されます。たとえば、1カ所で16走査していたのを8走査で済むようにすれば、単純計算で所要時間は半分。つまり印刷スピードは2倍になります。今回の製品では、この方法で高速化を図ったのです。

なるほど。ヘッドの動作は同じスピードのままでも、走査する回数を減らせばいいと。コロンブスの卵ですね。しかし、同時に高画質化を図るのは難しいのでは?


その通り。単純明快な作戦でも実行は難しい(笑)。同じ場所をヘッドが走査するのは、スジや色むらを補正して画質を高めるという重要な役割も果たしているからなんです。そういう肝心なところを削ることになりますからね。

どのようにして解決したんですか?


インクの打ち方や同じ場所を印刷するときのパターンを何百通りも検証し、半分の走査回数でも従来と同じ補正効果を達成できる条件を探し出しました。このときも、地道な試行錯誤の日々でした(笑)。

生産性を高めるもうひとつの手段として、ストップレス印刷があります。これの設計は難しいものなんですか?

渡辺
ストップレス印刷というのは、インクタンクとヘッドの間にサブインクタンクを設けることで、印刷を止めずにインクタンクの交換ができるというもの。印刷している途中でインク切れになるとインクや用紙が無駄になるだけでなく、印刷がストップしてしまうために、ロスタイムが大きくなってしまいます。しかし、このストップレス印刷のおかげで時間もインクもムダが出ません。この機能は「iPF8000」系など従来の上位機種には搭載されていましたから、新たに開発する必要がなかったんです。ただ、今回、「iPF6450」や「iPF6400」といった中位機種へも展開する上で、本体サイズが上位機種に比べてずっと小型だという点が問題でした。もともと本体内のスペースにサブインクタンクを設ける余裕がないんです。結局、上位機種からの流用設計はできず、新たに設計し、ようやく入れることができました。

ということは、標準タンクとテーマだった2.3倍の大容量タンクの両方を使えるようにする設計はもっと大変だったのでは?

iPF6450/6400用インクタンク(左:130ml,右:300ml)

渡辺
ええ、まったくその通りです。本体構造もインクタンクの形状も従来品を考慮せずに新しく作るというのであれば方法はいくらでもありますが、今回、それは許されていないわけです。狭いスペースの中に2.3倍もあるタンクを入れる。それも、標準タンクと同じ装着口を使って固定できるようにしなければならない。何と無茶な注文かと(笑)。知恵を出し合っては試作部品を組み立て、テストを繰り返しました。

POINT 3

ハードとソフトの両面からユーザビリティを向上

色味統一機能を強化する濃度センサーを新開発

今回の開発テーマの3つ目、色再現の安定性向上についてお聞きします。永山さんのチームが新開発したカラー濃度センサーによって、カラーキャリブレーション(色調整)機能が大幅に強化されたそうですが、そもそもカラーキャリブレーションが必要なのはどうしてですか?

永山
同じプリンターであっても、長い間使い続けていると、印刷される色味は違ってきます。また、同じ機種でも、複数台を並べて印刷すると、ヘッドの個体差によって色味は微妙にバラつくことがあります。それで、色を統一的に整えるカラーキャリブレーションが必要なんです。

永山 正登(えいやま まさと)

開発担当分野:センサー

どんな原理で行うんですか?

永山
専用紙に印刷したチャートをセンサーで読み取り、本来の色の出方と比較して自動補正を行うというものです。これまでの製品では同じ機種間での補正にとどまっていましたが、今回は「imagePROGRAF」シリーズの異なる機種間でも補正できるようにするため、感度の高いカラー濃度センサーを開発したんです。

センサーの精度を高める上で最も大きな課題はどのような点でしたか?

永山
印刷したチャートに光を当てて、その反射光を光素子で受ける構造になっているんですが、チャートの表面はインクを含んでいるため、紙がいろんな方向へたわんでいるんですね。つまり、反射光の角度は一定していない。そうすると、光素子の感度を上げても正確なデータが取れないんです。

なるほど。では、どのようにして解決したんですか?

新開発のカラ―濃度センサー(イメージ)

永山
光を当てるチャートの範囲を小さく絞ったんです。チャートの印刷面積を小さくしてたわんでいる範囲を小さくすれば、そこから出る反射光は平面からの反射光に近付きますからね。このことに気付いてからセンサー開発が一気に進みました。

ポスター作成ソフトウエアのユーザビリティを大幅に向上

大判プリンターの利用目的のひとつは、ポスター制作です。しかし、ポスターのデザインは知識もセンスも必要で、素人には作れない。一般的にはそう思われています。そんな固定観念に風穴を開けるのがポスター作成ソフトウエア「PosterArtist」ですね。

山本
あえて自慢しますけど(笑)、そう言い切っていただいて結構です。「PosterArtist」は全ての「imagePROGRAF」で使用できますが、最新版は今まで以上の自信作に仕上がっています。

それでは、このソフトウエアの特徴を教えてください。

山本
大きく2通りの使い方ができる点ですね。ひとつはテンプレート方式で、もうひとつはオートデザイン方式です。
テンプレート方式は、用意されている約250種類のデザインテンプレートから好みのものを選び出し、文字や写真・イラスト素材を挿入しながらレイアウトや配色を完成していくというものです。写真・イラスト素材は、1600種類以上を用意してあります。その中から選んでもいいし、ユーザーが自ら用意したものももちろん使えます。

PosterArtist
4つのステップで思い通りのポスターが完成

もうひとつのオートデザイン方式のほうは?

山本
シックとかポップといったデザイン全体の印象、入れたい文字、使いたい写真やイラストなどをソフトウエア画面の指示に従って入力するだけで、配色やレイアウトの違ったさまざまなバリエーションの完成ポスターの候補がいくつも提案されてきます。その中から、好みのものを選んでそのまま使用することもできますし、色味や配置など、仕上げの調整を加えることもできます。
どちらの方式も使い勝手優先で開発しましたから、ユーザーは手軽にポスターを作成できるはずです。

山本 宣之(やまもと のりゆき)

開発担当分野:アプリケーションソフトウエア

特に工夫した点はどこですか?

山本
オートデザイン機能を使うとき、一番最初にイベントの開催告知とか商品・サービスの宣伝などの用途に応じて、どんな雰囲気のポスターに仕上げるかを選択できるようにしたことですね。旧バージョンのユーザーから吸い上げた声を反映させました。

POINT 4

技術連携で成り立つ新製品の開発

キヤノンの強さは技術連携と再認識

今回の発売で大判プリンターのグラフィックアート市場向けの製品ラインナップが完成したわけですが、開発を通じて“キヤノンらしさ”、“キヤノンならではの強み”といったものを改めて感じた場面はありましたか?

渡辺
新製品を立ち上げるときには毎回感じることなんですが、キヤノンの技術連携はすごいですよ。必要となれば、自分の担当外の技術分野まで関わっていきますからね。


協力し合う風土は私も感じます。画像プロセスの設計という立場上、関連技術が広いためになおさら感じるのかもしれませんが、全員で力を出し合って突破していく局面が少なくありません。その背景には、会社として入力から出力に至る画像作りには手を抜かないというこだわりがあるからでしょうね。

渡辺
生産開始直前のあの紆余曲折も、総動員体制が取れたから乗り切れたんだと思います。


そうですよ。ある時、特定の条件が重なると印字にスジが出るという不具合が見つかりました。すぐに印刷制御チームはもちろん、画像処理設計からメカ設計まで一丸となって対処し、無事に解決しました。私は約15年プリンター開発に関わってきましたが、最も厳しい条件での不具合対応でした(笑)。

永山さんのセンサー開発でも技術連携が重要だったのでは?

永山
ええ、そうですね。カラー濃度センサーユニットの大きさは消しゴム程度ですが、その中には光学や回路などいろいろな技術が凝縮されています。センサー1個ごとの感度のバラツキを補正するキヤノン独自の技術も入っています。そうした技術連携ゆえに達成された高性能センサーなんです。

山本
技術連携というか技術複合というか、そういう点はソフトウエア開発にも当てはまります。オートデザイン機能の開発には、レンダリング技術やレイアウト技術など、ソフトウエア技術の中でも少し離れた要素技術をいくつか組み合わせる必要があります。ソフトウエアの要素技術はプリンター以外の製品分野でも広く使われていますから、それらを応用できるのは、やはりキヤノンならではの強みではないかと思います。

  • カラー濃度センサーユニットの大きさ:約15mm×50mm×23mm

より多くのユーザーに大判印刷の魅力を知ってほしい

では今後、この「imagePROGRAF」シリーズがどのように市場へ浸透していってほしいと思っていますか?


ユーザーには、色再現領域の広さ、極小文字や細線のシャープさ、黒表現の奥行きといった画質の良さに、これまでよりももっと注目してもらいたいですね。大判印刷したときの迫力や紙のぬくもりといった魅力を、よりたくさんの人が身近で楽しめる時代が来てくれたらと思います。

山本
「PosterArtist」は、デザインの専門知識がまったくない人でも使いこなせるソフトウエアに仕上がっています。これを使ってもらえれば、プリンター本体の価値をより一層高く感じてもらえるはずです。

ユーザーの裾野が広がっていってほしいですね。

渡辺
ええ。だから、印刷会社や出力センターの方たちにもっと試してもらいたいんですよ。画質の良さやスピードはすぐ分かります。同時に注目してもらいたいのはストップレス印刷ですね。時間とインクにムダが出ない。ビジネス用途のプリンターとして必要な条件はすべて満たしています。

永山さんはどう思いますか?

永山
渡辺さんが話したように、総合的に高く評価される製品に仕上がったと思っています。市場で求められる要件をバランスよくそろえているからです。「大判プリンターならキヤノン」と、幅広いユーザーから支持されるようになってほしいですね。

強力な製品ラインナップですから、そういう日も近いのではないでしょうか。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

さいごに
画質、生産性、色安定性、ユーザビリティと、今回開発の大判プリンターは全方位に偏りなく開発を行ったことがよく分かりました。また、それぞれの改良点でエンジニア諸氏が苦闘し、工夫を凝らした姿が垣間見えたように思いました。

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インタビュアー・構成
須田 忠博(すだ・ただひろ)
1955年、福島県生まれ。通信社・出版社での編集業務、編集プロダクション経営を経てフリーライターに。経営情報誌や転職情報誌で幅広く活動。近年はポータルサイトメディアへの寄稿が多く、技術・製品開発リポートをメインテーマの一つとする。

今回の「語る」開発者

原 勝志(はら かつし)

開発担当分野:
画像プロセス

渡辺 繁(わたなべ しげる)

開発担当分野:
メカニズム

永山 正登(えいやま まさと)

開発担当分野:
センサー

山本 宣之(やまもと のりゆき)

開発担当分野:
アプリケーションソフトウエア

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