プロ用一眼レフカメラ 「EOS-1D X」の
開発秘話

異次元の高速連写と高感度・高画質を実現したモンスターマシン

POINT 1

搭載技術を全面的に新規開発

実現不可能と思われた目標スペック

このほどリリースされたデジタル一眼レフカメラ「EOS-1D X」はプロ用の最上位モデルですね。開発プロジェクトはいつ頃から始まったのでしょうか?

大嶋
具体的な時期は言えませんが、プロ用の最上位モデルは概ね、大型スポーツイベントの開催に合わせて発売します。今回の製品はもちろん、「EOS-1D Mark IV」のときもそうでした。

大嶋 慎太郎(おおしま しんたろう)

開発担当分野:機構

「EOS-1D Mark IV」は高速機ですね。その一方で、プロ用には「EOS-1Ds Mark III」という高画質機があります。今回の「1D X」は高速と高画質の両方を兼ね備えていますね?

樫山
その通りです。しかし、既存の2機種の性能を単に合体させただけではありません。コマ速、画質ともにグレードアップさせました。

大嶋
スポーツ選手や野生動物などの躍動感にあふれた一瞬の姿をこれまでよりもきれいに撮れるし、動きがない風景やポートレートももちろんきれいに撮れます。この1台でプロのどんな撮影現場にも最高レベルで応えられるんです。

開発にあたって一番先に挙がったスペックは何だったんですか?

池田
それはやはり、35mmフルサイズの1810万画素CMOSセンサーで12コマ/秒まで高速連写できることですね。従来のプロ用製品では、フルサイズのCMOS搭載機種で5コマ/秒の連写、CMOSを小型にした機種で10コマ/秒でしたから、いかにハイスペックを開発当初から掲げたかがおわかりでしょう。

杉森
ISO感度の設定スペックも最初からすごかったんですよ。常用で上が51200。これまでの製品では最高が12800ですから、開発メンバーは内心、本当にできるのかと不安がっていました。

吉田
私もそう思った一人です(笑)。

大嶋
いやいや、私も同じ。こんなモンスターマシンは無理なんじゃないかと。

報道写真を変える高い連写・高感度性能

吉田
12コマ/秒の連写というのは、いうまでもなく1秒間に12回、AEとAFを制御しながら撮影した画像を取り出して保存するということ。それも、高ISO感度のもとで画像ノイズを除去しながらです。これは技術的に非常に高いハードル。何か一つのキーデバイスを革新すれば解決するというものではなく、搭載技術のすべてを全面的に新規開発する必要があるとわかりました。

大嶋
そうそう。デジタルカメラの開発をここまで全面新規に行うのは珍しかったですね。特に電気系の主要デバイスを既存機種の設計から一切流用しないというのは本当に珍しい。

常用ISO感度が51200で、拡張すれば204800まで超高感度にできるそうですが、どんな撮影シーンを想定しているのでしょうか?


それはいろいろあります。肉眼ではほとんど見えないほど暗い事故現場とか、ストロボが禁じられている屋内パフォーマンスとか。光が足りないために今まではとらえられなかった、あるいは、とらえられたとしても報道メディアに掲載できるほどの写り具合ではなかったような動きや色まで撮影が可能になります。報道写真の幅が大きく広がるはずです。このEOS-1D Xで、さらなる報道写真の可能性を示せたのではないかと考えています。

高速連続撮影

POINT 2

困難を極めた12コマ/秒連写の実現

AFセンサーの測距点を61点に増やす

一眼レフカメラをより高速で連写できるようにする場合、課題になるのはまずミラーの上げ下げのコントロールですね?

大嶋
35mmフルサイズ機では、シャッターと連動するメインミラーが大きく重いものにならざるを得ません。そのメインミラーの後ろにあってAF(自動焦点)センサーへ光を送るサブミラーもそれなりの重さです。この二つのミラーを高速で動作すると、どうしてもバウンドが発生します。この現象を私たちは“暴れる”と呼ぶんですが、これを安定して止める必要があります。

“暴れる”とは言いえて妙ですね。どうやって止めるんですか?

ミラーバウンド防止機構

大嶋
ミラーがぶつかるときのエネルギーを効率よく逃がすためのバランサー(平衡器)を付ける一方で、ぴたっと押さえ込むロック機能を強化しました。既存製品ではこのミラーバウンド防止機構が2カ所でしたが、今回はさらに改良したものを4カ所に入れたんです。それでやっと12コマ/秒で動かせました。既存機種の10コマ/秒と比べると、1コマにつき0.017秒の短縮にすぎないんですが、その差が機構技術的にはとても大きかったというわけです。

吉田
私のチームとしては、12コマ/秒で動く中で各コマとも正確にAFを動作させるのが使命でした。しかも、従来よりも速くというだけでなく、AFの性能を上げるという条件も付加されました。その性能とは、既存機種では45点だったAFセンサーの測距点を61点に増やしてピント合わせの精度を高めるとともに、AEシステムから受けた情報も加味して被写体の動きにピントを追従させるというものです。このようにAFの性能を引き上げるということは、それだけで時間がより多く掛かりますから、AFの高速化という課題は二重に高いハードルになったんです。

それをどのようにして克服したのでしょうか?

吉田
一つには、AFセンサーの感度を高めることで、測距に必要な光を素子にためる時間を短縮しました。さらに、AFのアルゴリズムをより速いものに変え、その回路の演算速度も速めました。こういう改良開発というのは、1000分の1秒単位であちらこちらを短縮していく作業なんですよ。

吉田 智一(よしだ ともかず)

開発担当分野:AFシステム

うーん。素人には気の遠くなるような取り組みですね。

池田
わずかな速度の差がスペックに大きな影響を与えるんですよ。1000分の1秒を削るために、多くの開発者が何日も知恵を出し合いました。

AEのためだけに映像エンジン「DIGIC 4」を搭載!

樫山
そういう一連の高速化においては、それぞれの分野で電力を欲しがるんですね。モーターを使う機構分野では特にそうですが、センサーやマイコン、回路でも同様なんです。しかしながら、電池容量には限りがありますから、1分でも長く使えるように、1コマでも多く撮れるようにと省電力を図る私のチームの立場からすると、好きなだけ電力を使ってくださいとは言えません。消費電力の点では、各分野のチームと熾烈なせめぎ合いがありました(笑)。

なるほど。高速化には消費電力という問題も関係するんですね。ところで、先ほどAFシステムがAEシステムと連動するというお話がありました。「EOS-1D X」ではAEもかなり進化したようですね。

吉田
はい。とてつもないシステムを組みました。これまでには考えられなかった10万画素のRGB測光センサーと、その制御・測光・自動露出のためだけに映像エンジン「DIGIC 4」を搭載したんです。

豪華な組み方ですねえ!

吉田
私も本当にそうだと思います。その結果、画像全体をシーンとして解析し、人の顔や色まで認識して的確な露出を決定できるようになりました。これはキヤノンの一眼レフでは初めて搭載された画期的な機能なんです。

POINT 3

高画質・高速連写を可能にした「DIGIC5+」

約1810万画素のフルサイズCMOSを採用

高速連写しながら高感度・高画質を実現するための鍵を握っているのはCMOSセンサーと映像エンジンという二つの中核技術ですね。まず、今回搭載のCMOSセンサーについて伺います。どんな特徴があるのでしょうか?

樫山
35mmフルサイズですから受光面積が広いという点に加え、一つ一つの画素へ無駄なく光を集めるマイクロレンズ設計になっています。また、内部回路の工夫によりノイズが非常に少なく抑えられていますし、階調が豊かです。

池田
このCMOSには、約1810万という高解像度を持ちながら高速で読み出せるという特徴もあります。具体的には、従来機種の2倍、つまり16チャンネルでの読み出しを実現しました。これが高速連写を可能にしたベースです。

池田 康之(いけだ やすゆき)

開発担当分野:撮像系ファームウェア

CMOSから読み出すチャンネルというのは?

池田
一度に信号を読み出す画素数の単位です。高速化を図るには、一つの画素から信号を読み出すのに要する時間を短くするか、一度に読み出す画素数、つまり読み出しのチャンネルを増やすというアプローチがあります。EOS-1D Xではチャンネルを増やすことで大幅に高速化を図りました。

なるほど。では次に、CMOSから受けた信号をもとに画像をつくる映像エンジン「DIGIC」について伺います。今回の「EOS-1D X」には「DIGIC 5+」を2基搭載しているそうですね?

DIGIC 5+

杉森
「DIGIC 5+」は「DIGIC 4」の約17倍の処理能力を持っています。これが二つ並列処理をすることで、高ISO感度でも12コマ/秒の高画質撮影を可能にさせているんです。

「DIGIC」はどのバージョンもカスタマイズの幅が広く、作り込むほど能力を発揮するそうですね。杉森さんのチームも今回、作り込みに力を注いだのではありませんか?

杉森
ええ。「DIGIC 5+」を開発したチームと密に連携しました。私たちのチームは今回、「DIGIC 5+」の性能を使い切ったと自負しています。

池田
そういう「DIGIC 5+」の性能を最大限に引き出しながら撮像システムを制御するファームウェアの開発はとても難しかったですね。既存機種と比較して、開発レベルが一挙に数段上がった感じです。

あらゆる知恵が絞られたノイズ除去対策

高画質を追求していくとき、避けて通れないのがノイズ除去です。低ノイズの高性能CMOSセンサーを採用したとしても、ISO感度を上げていくと、ノイズが目立つようになるはず。「EOS-1D X」は最高で204800という信じがたい高ISO感度でも撮影できる仕様ですから、「DIGIC 5+」でのノイズ処理も大変だったのでは?

杉森
はい。全く新しいアルゴリズムでノイズに対処しています。画像処理におけるノイズ除去では、除去しすぎると解像度が下がって甘い画像になり、除去が足りないと粗い画像になるんです。つまり、バランスよくノイズを除去するというのが難しい点です。

杉森 正巳(すぎもり まさみ)

開発担当分野:画像処理

画質に影響するノイズは電気回路からも常時出ますね。

樫山
そうです。すべての面で高速化を図っていますから、機構制御のマイコン、「DIGIC」、モーター、電源回路など、内部はノイズの発生源だらけです。対策としてはまず、予想されるノイズ発生源の影響が少ないレイアウトを考えます。次に、テストを繰り返しながらノイズの発生源を一つずつ特定し、部品を変えたり、レイアウトを変更したりします。その上で、回路の線に乗って入って来るノイズにはフィルターを挿入し、空中を飛ぶものには遮蔽シールを用います。物理的な対策はこのくらいしかなく、ノイズを完全になくすのは不可能なんです。あとは「DIGIC 5+」で除去してもらうほかありません。

大嶋
熱がCMOSセンサー本体にノイズを発生させるという問題もあるんですよ。高速連写していると、デバイスの熱で内部の温度がどんどん上がります。その熱をどう逃がすか、各開発の担当者が、知恵やアイデアを出し合って、目標をクリアすることができたのです。

POINT 4

天災の影響もはねのけた開発陣の使命感

開発現場に受け継がれるよき伝統

「EOS-1D X」はデジタル一眼レフカメラのまさにモンスターマシンです。その開発を成功に導いた要因は何だと思いますか?

樫山
非常に高い目標を掲げて、その達成のためには妥協を許さない。そんな開発の伝統が一番の成功理由ではないでしょうか。

杉森
開発メンバーが皆、高いハードルをクリアしなければという使命感を持っているのは確かですね。

樫山
その使命感とか情熱というのは執念に近いかも(笑)。目標を下げるのは簡単ですが、それをやらないのがキヤノンだと思います。

他にも、キヤノンならではの強みが発揮された点は?

大嶋
レンズに代表される光学技術に限らず、センサー、映像エンジンといったキーパーツを内製してきたことによる技術蓄積が好作用しているのはもちろんですが、それ以上に開発の強みとして働いたのは各技術分野の連携力でしょうね。

池田
私もそれは感じます。課題が見つかるごとにチームリーダーがすぐ集まって対策を検討する。集まるリーダーたちは担当分野のプロフェッショナルなので、連携の効果がフルに現れる気がします。

吉田
諸先輩方の技術の蓄積と、受け継がれてきた団結力が、今のキヤノンを支えているのでしょうね。

今回の開発では、ちょうど仕上げの時期に発生した東日本大震災の影響は大きかったのではありませんか?

大嶋
影響しましたねえ。試作用部品の納入がいつになるかわからないというので、真っ青になりました。試作品でのテストは省けませんからね。

樫山
特に影響したのは電気部品でした。東北に関連する工場がある部品メーカーさんへ依頼していたものが結構ありました。それでも、日程の遅れはかなり吸収できたんです。部品メーカーさんの努力の賜物でした。

これほどのモンスター機でも次への通過点

そうだったんですか。とんでもない事態に遭遇したんですね。しかし、それでも「EOS-1D X」はリリースが決まりました。この記念碑的な製品が市場でどのように受け止められたらと思っていますか?

吉田
それはもちろん、スポーツ報道のカメラが「EOS-1D X」で埋め尽くされることを一番に願っています。

樫山
そうなったら最高だけど、ともかく、厳しい目を持つプロ・フォトグラファーたちに高く評価されたい。私たちが想定していなかった撮り方で「こんな写真が撮れた」とか、「これでしか撮れない写真だったよ」とか、そんな声がプロの方々から多く聞けたら、感無量ですね。

樫山 律夫(かしやま りつお)

開発担当分野:電気回路

杉森
私は端的にいって、次の“超モンスター機”をキヤノンが出すまでは、最高にして唯一のプロ用モデルであり続けてほしいと思います。

大嶋
私もそう思う。しかし、ライバルメーカーも黙ってはいないわけで、私たちとしては、これだけの製品であっても、将来へ向けた通過点の一つとみなして進化させねばならないのは確かですね。

池田
市場でうれしい評価をいただいたとしても、進化は止められません。プロが求める性能や機能、使い勝手などをどのようにしてグレードアップさせるか。この命題はずっと変わらないのだと思います。

技術のための進化ではなく、あくまでユーザーのための進化ですからね。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

さいごに
高速連写と高感度・高画質の両方を同時にグレードアップさせる難しさ――。「EOS-1D X」の開発陣はその難しさに最初はたじろいだものの、決して妥協せず果敢に挑み、目的を遂げた。各技術分野で苦闘の中身は当然違ったが、注いだエネルギーと情熱は、みな同等だったに違いない。メンバーの団結、協業が垣間見えるインタビューでもありました。

インタビュアー・構成
須田 忠博(すだ・ただひろ)
1955年、福島県生まれ。通信社・出版社での編集業務、編集プロダクション経営を経てフリーライターに。経営情報誌や転職情報誌で幅広く活動。近年はポータルサイトメディアへの寄稿が多く、技術・製品開発リポートをメインテーマの一つとする。

今回の「語る」開発者

大嶋 慎太郎(おおしま しんたろう)

開発担当分野:
機構

樫山 律夫(かしやま りつお)

開発担当分野:
電気回路

杉森 正巳(すぎもり まさみ)

開発担当分野:
画像処理

池田 康之(いけだ やすゆき)

開発担当分野:
撮像系ファームウェア

吉田 智一(よしだ ともかず)

開発担当分野:
AFシステム

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