業務用30型4Kディスプレイ 「DP-V3010」の
開発秘話

目指すのは頂点。
映像制作の現場ニーズに応えるべく、開発に携わった4人が製品投入までの映画業界への挑戦やキヤノンならではのこだわり、また、今後の展望を語ります。

POINT 1

映画業界への挑戦

DP-V3010は、キヤノンにとって初めて市場に送り出した業務用の液晶ディスプレイである。今話題となっている「4K」解像度だが、DP-V3010は映画業界の制作現場をメインターゲットとした4Kディスプレイだ。

なぜ、キヤノンはデジタルシネマ用の4Kディスプレイを開発したのか?そして、高度な色再現性をはじめとした他社の追随を許さない高画質な性能は、いかにして実現されたのか?

内藤 達也(ないとう たつや)

専門の技術領域:商品企画

DP-V3010はキヤノンとして初めての業務用ディスプレイ製品ですが、デジタルシネマ制作現場を最初の製品のメインターゲットにしたのはなぜでしょうか?

内藤達也
この製品の開発が本格的に始まったのは2011年です。その頃、世間で話題になっていたのは、専用のメガネを通して映像を立体的に見られる3D映像でしたが、私たちはあえて3Dではなく高精細を特長とする4Kを選びました。

製品開発を始めるにあたって、技術開発の一環として4Kディスプレイの試作を行いました。試作品を使って4K映像を表示してみたところ、3D映像ではないにも関わらず、立体感や奥行き感が非常に高いことに驚かされました。わざわざ専用のメガネをかけて3D映像をみるよりも、高精細な映像を4Kディスプレイでみる方が、お客様にとって自然な3D体験を得られるのではないだろうかと感じました。2010年に開催されたキヤノンのプライベートショーであるCanon EXPOに、その4Kディスプレイの試作機を展示したところ、来場者からも4K映像が持つ立体感や奥行き感に驚きの声が上がるほど高い評価を得ました。

そこで、商品化に向けて業務用ディスプレイの市場調査を行い、キヤノンの入力機器との連携を図るために、映像制作現場で使用されるディスプレイの開発を進めることにしました。映像制作現場と一言で言っても非常に幅広く、その中でも映画の制作現場の方々が最もディスプレイに対する高画質性能への要求が高いことがわかりました。さらに、映画制作分野は4K化に向けて動き始めていましたが、まだ4Kの映画制作現場が抱く高画質性能に対する要求に応えるディスプレイが存在していないこともわかりました。

キヤノンは、ディスプレイ分野では後発メーカーです。ディスプレイ市場で有利なポジションを取るためにも、最も高い画質性能が求められるトップエンドの分野をターゲットとすることで、技術的な優位性を示すことが必要だと考えました。

永嶋 義行(ながしま よしゆき)

専門の技術領域:画質設計

映画業界では、どういうディスプレイが求められていたのでしょう?

永嶋義行
デジタルシネマの制作の現場では、「カラーグレーディング」というプロセスが重要な役割を担っています。これは色味やトーンを調整して作品の世界観を作り上げることを指しますが、現状はシネマ用のプロジェクターを使用して広いスペースで作業が行われています。一方で、4K作業が急増する中、シネマプロジェクターは使わずにディスプレイを用いることで、作業環境の省スペース化を実現したいという要求が高まっています。しかしながら、ディスプレイを用いて行う作業中の色と、プロジェクターで行う最終的な画質確認を行う際の色が異なると、手戻りが発生してしまい、色の加工作業を再度やり直さなければなりません。つまり、色を加工する作業に使うディスプレイには、高価なデジタルシネマプロジェクターと同じ色再現性が求められていました。

求められている色再現性とはどのようなものでしょう?

「DP-V3010」および各種規格の色域

永嶋
デジタルシネマでは、DCI(Digital Cinema Initiatives※1)が定める色域の規格が使われています。テレビ放送で使われている規格の色域に比べて非常に広くなっており、4Kディスプレイの開発にあたっては、デジタルシネマの色域を忠実に再現することを第一の目標としました。

  • ※1
    ハリウッドの映画会社を中心に、デジタルシネマの標準化を目的に設立された団体
  • ※2
    国際規格で定められたテレビ放送の色域
  • ※3
    印刷や写真などで用いられている色域

デジタルシネマ制作で要求される高度な色再現性能を実現するため、3つの技術をキヤノンは新たに開発した。独自開発のディスプレイ用映像エンジンと、独自設計のRGB LEDバックライトシステムと液晶パネル、そしてそれらの性能を最大限に引き出す高画質アルゴリズムである。

森下 昌史(もりした まさし)

専門の技術領域:機構設計

映像エンジンというのは、どんな役割を果たしているのでしょう?

森下昌史
動画編集ソフトは、色や明るさはもちろんですが、画質を細かく調整するさまざまな機能を持っています。同じような画質調整の機能をディスプレイ用の専用チップにしたものと考えるとイメージしやすいでしょう。

占部弘文
これまでもキヤノンではさまざまな映像エンジンを開発してきましたが、画素数が多い4K映像では、扱うデータ量が桁違いに大きくなります。単純に画素数で考えても、4K映像はフルHDの4倍の画素数になります。さらに、映像制作現場で用いられている画質調整機能の項目数が多く、また、要求される精度がとても高いこともあり、映像制作現場で使われる業務レベルの画質調整をリアルタイムに実現する性能が必要になったため、映像エンジンを新規に開発しました。

映像エンジンには、大量の画像データを一括して処理できる GPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)や、Linuxをはじめとする複数のOS、そしてアプリケーションが搭載されています。簡単に言うなら、高性能なパソコンが丸ごと入っているようなものです。

占部 弘文(うらべ ひろふみ)

専門の技術領域:ファームウエア

  • ハードウエアの基本的な制御を行うために機器に組み込まれたソフトウエア

家庭用テレビのバックライトは白色LEDが主流ですが、DP-V3010ではRGB LEDを搭載されていますね。

永嶋
はい、白色LEDだと、RGB LEDに比べて表示できる色域が狭くなってしまいます。そこで、DCI規格が求める色域を確保するために、RGB LEDバックライトシステムを採用することにしました。

森下
RGB LEDバックライトシステムでは、R(赤)、G(緑)、B(青)の3色のLEDを組み合わせることで白色をつくり出します。そのため、白色LEDに比べて必然的にLEDの個数も多くなり、色や輝度のムラも出やすくなりますから、その対策には苦労しました。

例えば、LED周辺の温度が違うと、それだけで輝度が変わってしまいます。また、RGB3色のLEDの輝度が色ごとに変わってしまうと、白色ではなくなってしまいます。そこで、バックライトの温度分布をサーモビューアで調べ、空気の流れを工夫するなどして、温度が均等になるようにしました。

永嶋
バックライトの光は最終的に液晶パネルを通ってユーザーの目に届きますが、この液晶パネルについても専用設計を行うことで、色域を広げています。

  • 温度分布を画像表示する装置

色再現では、新開発のアルゴリズム(計算手法)が採用されているとのことですが、これはどのようなものでしょう?

永嶋
バックライトのLEDや液晶パネルには固有の「癖」があり、同じ信号を入力しても、表示される色にはばらつきが出てしまいます。新開発のアルゴリズムでは、こうした部品の癖を把握し、その癖に対して適切な補正をかけることで、意図通りの色で表示が行えるようになっています。これにより、デジタルシネマで使われる広い色域をカバーするだけでなく、例えば、肌色の微妙な色合いやトーンの違いなども忠実に再現できるようになりました。

POINT 2

キヤノンのこだわり

忠実な色再現を行うには、個々の技術要素を高めるだけでは不十分だ。部品1つ1つの個体差、経年変化、組み立て時のネジの締め方……。そうした細かな事柄が、色の再現に影響を与える。プロが納得できるクオリティを実現するため、開発チームは最後の最後まで知恵を絞った。

どういった課題があったのでしょう?

内藤
液晶パネルを留めるネジの締め方1つで、色が微妙に変わってきてしまいます。開発者が自らの手で試作品を組み立てる場合と、工場で製品を組み立てるのでは微妙に違いが出てきたりして、最後の最後まで予想外の苦労がありました。家庭用テレビなら一定レベルの色ムラは許されるのかもしれませんが、映像制作現場で色を加工する際に使用される業務用ディスプレイでは、このような微妙な色ムラさえ発生することは絶対に許されません。

永嶋
工場では出荷時に1台ずつ精密に画質の確認と調整を行い、その測定結果を本体メモリに書き込んで、個体ごとに異なることなく正確な色が表示できるようにしています。

内藤
それに加え、DP-V3010には輝度や色の自動補正システムも搭載しました。独自に開発したシステムにより、色や輝度の変動や経年変化を自動的に補正することで、長期にわたり正確な色や輝度を維持することが可能になりました。

映像制作現場からの反応はいかがですか?

永嶋
DP-V3010では、RGB各色の濃淡を1024段階で表現できる、現時点で最高品質の液晶パネルを採用しています。パネルごとに癖はありますが、先に紹介した高画質化アルゴリズムで補正することで、階調つぶれや階調の段差が生じないようになっています。これによって、空の微妙なグラデーションや、暗部の微妙な色の違いについてもきちんと階調を表現できていると、映像制作現場の技術者の方々から高い評価をいただいています。

内藤
DP-V3010は、キヤノンが市場に投入する映像制作用ディスプレイの第1号機です。長年培ってきた映像技術と共に、常に高画質であることを追求していくこだわりを結集し、「やりすぎるくらいまでやろう」ということを開発チームの合い言葉にしていました。

忠実な色再現性能はDP-V3010の最大の特長だが、開発チームはユーザーからの要望をくみ上げつつ、「本当の使いやすさとは何か?」という問いにも正面から向き合った。

4Kデジタルシネマ規格の画素数は横4096×縦2160ピクセルですが、DP-V3010では縦が2560ピクセルになっていますね。あえてこの画素数を選んだ理由は何でしょう?

森下
4096×2160画素ですと、画面いっぱいに映像が表示されるため、タイムコードやディスプレイ調整メニューなども映像の上に重ねて表示しなければなりません。映像制作現場の方々に聞いてみると、映像とは異なるメニューなどの情報が映像に重なると作業の邪魔になってしまう、画質を確認する時に映像を邪魔しないでほしいというコメントが出てきました。そこで、DP-V3010では400ピクセル分縦に伸ばし、こうした要望に対応しました。

高解像度液晶パネル画面のアスペクト比
映像調整のスライドバーを映像と重ならない位置に配置

占部
設定メニューから現在の設定内容を一目で把握できるようにするなど、画面上のメニュー表示のデザインにもこだわりました。その甲斐あって、実際に製品を使用されたお客様からは、とても使いやすいユーザーインターフェースだとうれしい声をいただいています。

画質調整用のコントローラーも標準で付属するんですね。

森下
映像制作の現場では、作業を始める前に、ディスプレイの設置環境に合わせて、まずはブライトネスなどのディスプレイの画質調整を細かく行います。その画質調整を行うために、ディスプレイ用のコントローラーを用意しました。このコントローラーの操作性を上げるために、直観的な操作が可能となるよう、左端は各種機能の呼び出し、真ん中は画質調整、右端はチャンネルの切り替えと、ボタン配置にはこだわっています。

また、カラーグレーディングなどの画質調整の作業は基本的に暗い部屋で行う作業ですから、コントローラーのボタンも光るようになっています。ただ光りすぎても作業の邪魔になるので、ほどよい明るさでぼんやり光るように、明るさの調整も行えるように工夫しました。

コントローラーに「CDL」と書かれたスイッチがありますが、これは何の機能でしょう?

永嶋
映画業界で使われるようになってきた、ASC CDL(American Society of Cinematographers Color Decision List)という規格を指しています。

例えば、撮影現場ではさまざまなシーンを撮影しますが、シーンごとに日の光が変化することもあり、カメラのホワイトバランスが違うと、色を後から調整するのが大変になります。これを避けるために規格化されたのが、ASC CDLです。ASC CDLは、映像の色や階調表現の調整を行い、その調整結果を保存できる機能です。この機能を用いることで、撮影時に調整した映像制作者の意図に応じた色や階調表現を、撮影後の映像加工の工程で再現できるようになります。

DP-V3010では、ASC CDLにもとづき画質調整した結果をUSBメモリ経由で他の機器に書き出し、あるいは他の機器から読み込みできるようになっており、それによりワークフローの効率化が図れます。

占部
企画段階で、ASC CDLが制定されつつあるという情報を入手したので、いち早くこの機能を取り入れることを決断しました。しかしながら規格が制定された直後であり、その時点ではASC CDLが本当に普及するかどうかはわかりませんでした。実際に製品にこの機能を搭載し、お客様からは「ASC CDLによく対応しましたね」と評価していただいていますから、取り入れたのは正解だったと言えるでしょう。

快適操作を実現するディスプレイコントローラー

POINT 3

今後の展望

DP-V3010のプロジェクトは、これからどんな風に展開していくのでしょう?

占部
正直、DP-V3010に搭載したディスプレイエンジンは機能が高く、まだまだ可能性を秘めています。開発を進めていて、まだ搭載していない機能もたくさんあります。

新しいスタジオ規格では、DCIよりもさらに色域が広くなっていますが、こちらについても今後ファームウエアのアップデートで対応する予定です。

対応する色域をあとから広げることが可能なんですか?

森下
それだけ、ハードウエアの性能的にはまだ余力を残しているんですよ。

占部
本領は、まだまだこんなものではないと言いたいです(笑)。

DP-V3010の業界最高峰の色再現性や操作性は、すでに映像制作の現場で高い評価を得ている。

単体としての性能だけでなく、制作ワークフローにおいてDP-V3010が果たす役割は大きい。現在、デジタルシネマの撮影現場では、EOS C500やEOS-1D CといったキヤノンのCINEMA EOS SYSTEMのデジタルシネマカメラが広く使われている。DP-V3010は、これらCINEMA EOS SYSTEMのカメラで使われる「Canon Log」に対応した専用モードを装備。EOS C500やEOS-1D Cで撮影した映像を、適切な階調に変換し、撮影現場でそのまま確認できる。

映像の入力装置であるカメラと、出力装置であるディスプレイ。キヤノンが投入する製品群により、始点から終点まで最高レベルのワークフローが完成し、映画制作は次なる段階へと進み始めた。

  • 広いダイナミックレンジによる豊かな階調を実現するキヤノンのデジタルシネマカメラ独自の記録方式

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インタビュアー・構成
山路 達也(やまじ たつや)
1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーのライター/エディターとして独立。IT、科学、環境分野で精力的に取材・執筆活動を行っている。
著書に『アップル、グーグルが神になる日』(共著)、『新しい超伝導入門』、『Googleの72時間』(共著)、『弾言』(共著)など。

今回の「語る」開発者

内藤 達也(ないとう たつや)

専門の技術領域:
商品企画

占部 弘文(うらべ ひろふみ)

専門の技術領域:
ファームウエア開発
  • ハードウエアの基本的な制御を行うために機器に組み込まれたソフトウエア

永嶋 義行(ながしま よしゆき)

専門の技術領域:
画質設計

森下 昌史(もりした まさし)

専門の技術領域:
機構設計

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