イメージング開拓史 ~長年にわたる技術開拓の歩み~新たな価値を生み出し続ける光学技術

理想のレンズへの限りない挑戦

世界一のカメラをつくりたいという夢の実現に大きく貢献したのが、高度な光学技術と精密技術でした。なかでもレンズに代表される光学技術には、レンズの設計から材料の選定、レンズ面の研削や研磨を中心とする加工技術など、さまざまな技術が結集しています。

被写体の像を可能な限り鮮明かつ正確に撮像面上に結像させることがレンズの使命ですが、ガラスの屈折率は光の波長によって異なるために、光線が1点に集まらないという問題があります。これを色収差といいます。収差にはこのほか、球面収差・コマ収差などがありますが、収差をなくすためには、波長分散の異なる硝材の凹レンズと凸レンズを組み合わせてレンズをつくる必要があります。レンズは数枚から数十枚までさまざまな凹レンズ・凸レンズに、100を超える硝材を組み合わせて設計されますが、無数の組み合わせの中から最適な解を選択するには、設計のノウハウだけでなく、絵画を描くのに似た芸術的なセンスも要求されます。キヤノンの技術者はさまざまなレンズの設計を通して、これらノウハウの蓄積やセンスを磨くことに懸命に取り組んできました。

キヤノンの光学技術の強み

優れたレンズを設計するには、技術者自らたくさんのレンズ設計を経験することはもちろんですが、ほかの技術者の設計した優れたレンズを目にすることも大事です。キヤノンでは新しいレンズを設計する際に「レビュー」というお披露目会を開催し、設計情報を担当の技術者のみならず、ほかの多くの技術者も含めて共有する機会を設けています。キヤノンの光学技術の強みは、数多くのレンズ設計情報を技術者が共有体験し、蓄積していることにあります。

また、キヤノンは1960年代前半にレンズ設計用のコンピューターソフトウェアを独自開発し、その後もさまざまなソフトウェアを開発しています。このような優秀な設計ツールを保有していることも、キヤノンの光学技術の強みといえます。

理想的に収差が補正されたレンズを求めて、キヤノンは飽くなき挑戦を続けています。

不可能に立ち向かった、高性能レンズの開発

キヤノンはこれまで、延べにして数百を超えるレンズの傑作を生み出してきました。

例えば、長い間実用化が不可能だといわれてきた蛍石レンズもその1つです。蛍石は色収差が極小という理想的な特性をもちますが、通常の光学ガラスでは得られない鮮やかで繊細な描写を実現するため、どうしても蛍石をレンズに使いたいという想いが技術者にはありました。その想いが結実して、ついに蛍石の人工結晶化に成功。さらに、それまでの光学ガラスのような研磨ができないデリケートな素材に、通常の4倍の時間をかけて研磨する特殊加工技術を開発。1969年、世界初の蛍石採用レンズを世に送り出します。

しかし、蛍石は極めて高価であるので、キヤノンはより多くのレンズで色収差補正を実現するため、屈折率・分散特性ともに蛍石に近い特性の硝材を開発。1970年代後半には、この硝材を使用したUDレンズの実用化に成功します。

世界初、非球面レンズを採用した交換レンズ

蛍石の原石と人工結晶レンズ

さらに、非球面レンズの開発にも着手しました。通常の球面レンズでは理論的に中心部と周辺部との焦点位置がずれてしまいますが、非球面レンズならばそれを解消できます。0.1μm(1μm=1mの100万分の1)以内という精度の実現をめざした技術者は何度も形状測定と加工をくり返し、設計技術、加工技術、精密測定技術を確立。1971年には、世界で初めて非球面レンズを採用した一眼レフカメラ用交換レンズを製品化しました。今では0.02μmの加工精度で非球面レンズを生産しています。

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国産初の半導体露光装置を開発

1965年、キヤノンは基幹技術である光学技術を活かし、半導体製造用レンズ(Uレンズ)の開発にも着手します。1968年に完成した「U170mmF1.8」は技術的に高い評価を得ました。

そして、Uレンズの開発を進めるなかで世界的な半導体産業の隆盛を見て、Uレンズだけでなく半導体露光装置の開発にも着手。これまで経験のなかった産業機器の分野への挑戦が始まりました。

PPC-1 国産初の半導体露光装置

半導体集積回路は、フォトマスクに描画された回路パターンをウエハーに光学的に転写することで形成されます。半導体製造用レンズを、ウエハーサイズが2インチの等倍プロジェクション方式半導体焼き付け装置「PPC-1」に搭載したのは、1970年のことです。これが国産初の半導体露光装置でした。しかし、アライメント(位置合わせ)が手動で、ウエハーサイズが3インチに移行しつつあったこともあり、この方式が発展することはありませんでした。

半導体業界が認める露光装置メーカーに

1974年にはマスクとウエハーの間を10~20μm離して平行光で転写するプロキシミティ(近接)露光方式によるPLA-300Fを発売します。この方式は線幅4μm程度でしたが、ウエハーサイズは3インチで、ウエハー自動供給装置を備えて量産性能に優れていました。その後1977年に発表した世界初のレーザースキャンオートアライメントを備えたPLA-500FAがベストセラーになり、事業立ち上げから約10年で、社内外から半導体露光装置メーカーとして認知されました。

以降も、解像性能に優れ、5インチウエハーに対応したミラープロジェクション(反射型投影露光)方式、線幅2μmというMPA-500FA、6インチウエハーに対応したMPA-600FAを発売。1980年代の64KB~256KBのDRAM量産に寄与しました。

より微細な線幅を追求

キヤノン初のステッパー FPA-1500FA

1984年からは、より微細な線幅を追求するために光源の短波長化が進みます。水銀ランプのg線(436nm:1nmは1mの10億分の1)、i 線(365nm)からフッ化クリプトン(KrF:248nm)、フッ化アルゴン(ArF:193nm)と次々に短い波長光源に移行。光学系は光源に適した新しい硝材を開発するなど、解像性能の向上を図りました。また、それにともない、アライメント精度も高精度化が要求されるようになり、マスク(レチクル)やウエハーのステージ制御も超精密化を進めました。

1984年、キヤノンは初のステッパー(縮小投影型露光装置)として、光源がg線のFPA-1500FAを発売しました。1990年にはi 線のFPA-2000i1、1997年にはフッ化クリプトンエキシマレーザーを光源に採用したFPA-3000EX4を発売。その後も露光装置はさらに進化していきました。