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写真で何ができるだろう?写真でしかできないことは何だろう?What can we do through photography? What is possible only through photography?

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第11回 写真新世紀展2002 公開審査会開催報告

公開審査会 2002年9月14日(土)

東京都写真美術館にて「写真新世紀2002」公開審査会を開催。審査員 荒木経惟氏、飯沢耕太郎氏、南條史生氏、東松照明氏による公開審査会が行われました。
観覧をお申込みいただいた方、関係者の方など約200名の方々が見守るなか、2002年度グランプリには吉岡佐和子さん、特別賞には岡本英理さん、佳作から奨励賞として宇壽山貴久子さん、福永淳子さん、松嶋浩平さんが選ばれました。

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公募の審査にあたって

第25回 審査総評

荒木 経惟 Nobuyoshi Araki

写真のコトというよりは、自分の人生や未来にわざと深刻ぶっているような感じがします。もうここで止まってしまっているというように。時代や世間は死に向かっているのかもしれないけど、生に向かう、毎日イキイキと生きるというコトが大切です。それを毎日記録する、記憶するというように写真を活用する。写真に恋するとでもいうのかな、今回選んだ作品もそういうところなんですよ。人間には、スケベな気持ちが必要だけれど、みんなそれが少ないですね。全体的に感情を止めちゃってるのが多い。いい意味で素直さを出す、それは恋するコトに一番素直に出ています。恋は写真をよくします。ともかく深刻なツーンとしたのはダメ。恋してせつないやつがいい。それは写真そのものなんですよ。

飯沢 耕太郎 Kotaro Iizawa

年1回の審査になって、応募数が2倍に増えてしまった。これはもう物理的にほとんど限界といっていいだろう。特に「ポートフォリオ」(アルバム)の応募は、見る側としてはかなりつらい。作品の数を絞って、効果的に見せる、その方法論をきちんと確立した上で応募してほしい。何をやりたいかきちんと伝わってこない作品が多すぎる。作品のレベル自体は落ちていない。「写真新世紀」をみんなで支えていこうという意識が感じられて嬉しかった。

南條 史生 Fumio Nanjo

今回の応募作品に多く見られた特長は、動物や、特に金魚をモチーフに取り上げる作品が多かった。また、外国人の応募も増えたが、これは日本の国際化の反映なのか、それとも若い人たちが海外へ出て行っている状況を反映しているのか、一考の余地があるだろう。また、リカちゃんやバービー人形などさまざまな小物を使ったシリーズが多いのも特長だった。毎回少しずつ違う傾向が現れるが、今回の傾向は、より新しい主題、より新しい表現を模索している状況を反映しているように思える。

森山 大道 Daido Moriyama

応募に馴れがでてきたのかなぁ、感性のステレオタイプを感じます。どこか作ろうという意識の方が働いて、全体的に個としての欲望の質・量が薄いような気がする。本当は一個の人間としての欲望の質量ってそんなに変わるはずがない。でも今回、悪くはないんだけど“衛生無害”な作品が多いのね。うーん、ちょっと疑問だなぁ。自分自身への欲望に対してもっと素直にアプローチしないと。そういうなりふりかまわないエネルギー、ポテンシャルが淡いね。「写真は何を撮っても良い。」それは僕の持論の一つではあるけれど、何を撮ってもいいということはそれだけ自分の中にこだわっていく部分が必要だということ。こだわりというのは、極力自分の肉声に即すということで、自分の肉声に即すということは、単純に人生論的にではなくて、自分の生活の中にこそ何かうさんくさくてヤバイモノが潜んでいるわけで、その生の視線で見ていくことが必要だ。作品を作る自分って何かもっとねちっこい欲望に支えられているはずで、まぁ自分の解体なんて一生かかっても無理だけれど、とりあえず解体ゲームのつもりで今年一年は自分の写真をわざとこわしてみようとか変えてみようという仮説でも立ててやってみたらいいと思う。とにかく肉体が見えないよ。

マーク・リブー Marc Riboud

思い思いに作品を仕上げている姿勢が好ましい公募だ。ただ、全体的に言えることとして作品を最後までまとめるというような(編集やセレクション)、撮った後の作業においての問題を残した作品が多いのは残念だった。その一例として、SABAの作品に見られるように、最初のミステリアスで詩的なシリーズから、一挙に現実的なイメージにすり替わられてしまうと、関連性や作品の流れとなるリズムの連動が見えないために、印象的なパートまでが単なる偶然の結果のように疑いたくなってしまう。たくさんのイメージを“量としての塊”としても見せたい気持ちは十分に理解できるが、是非とも作品の底流に流れる強くて確固なるコンセプトや情感を維持する力も養ってもらいたい。

東松 照明 Shomei Tomatsu

これだけ行き詰ったといわれながら、新しい表現に対し、時間もエネルギーも使って意欲的に取り組んでいるのを見るとまだまだ写真には未来があると感じます。戦後はドキュメンタリー写真が多かったけれども、今はテーマの選択はあなたに任せ、確かにカメラの成長もあるけれども世の中が多様化したように写真が多様化している。未成熟なりに何かを作り上げようとするカオス、姿勢がとても良い。ポジティブです。時代が写真家に要請してきたドキュメンタリーやヒューマニティは、時代の気分がそれを作ってきた。今はこれだけバラエティがあり、そして判ってくれない中で作っていかなくちゃいけない。だからこそポジティブに作っていくことを認めたいと思う。

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