第7回 写真新世紀展1998 公開審査会開催報告
公開審査会 1998年12月4日(金)
東京・四ツ谷、東長寺講堂・P3、「第7回写真新世紀展」会場にて、初日4日には、審査員 荒木経惟氏、森山大道氏、飯沢耕太郎氏、南條史生氏による公開審査会が行われ、第17回、第18回公募優秀賞受賞者8名の中から1998年度年間グランプリが発表されました。公開審査会、オープニングセレモニーには、優秀賞受賞関係者、写真関係者をはじめ、ギャラリー、美術館関係者、出版関係者、学生など、300名を超える来場者がありました。グランプリに柏亜矢子さん、特別賞に黒瀬康之さん、佳作から奨励賞として鵜飼透さん、ササダタカエさん、たけむら千夏さんが選ばれました。

公募の審査にあたって
第7回 写真新世紀展1998 公開審査会は第17回・第18回公募作品を対象としています。
第17回 審査総評
荒木 経惟 Nobuyoshi Araki
すごい量だねぇ。写真の国になっちゃったね東京は。みんなの水準が上がってるね。でも、こう見るとドキュメンタリーっぽい写真は、もうつまらない感じがする。若い奴は本能で、「写真は、自分のことを出せる」ということに気が付いているんじゃないかな?一番最高の「イイ」っていう感じの自分自身をね。世界でもすごいんじゃない?この感じ。見せ方も撮り方もすごく自由にやっている。それぞれが「言葉」、「行動」、「音」を撮ってる。俺はね、今、一枚の写真の中に色んな言葉が一杯、文章入ってる方が好きだね。なんかね、そういうような感性が気持ちいいというか・・・。それを求める人が多いんじゃないかな。
飯沢 耕太郎 Kotaro Iizawa
今回は、応募数も多かったが、質的にもかなり高度な作品が多かった。17回も続けていると、やはり波があって、また再び盛り上がりの時期に来ているのかもしれない。目につくのは、二度、三度と応募している人たちの充実ぶりで、回を重ねるごとに自分の世界が少しずつ確立してくるのがうれしい。柏亜矢子さんや黒瀬康之さんや伊藤トオルさんの力作は、彼らの表現水準が安定していることを示している。一度優秀賞に選ばれると、次にもう一度というのは難しいが、もったいないくらいだ。とはいえ、初めて応募してくる人の初々しさも捨てがたい。ぽーんと突き抜けたとんでもない作品をもっと見てみたい。
南條 史生 Fumio Nanjo
相変わらず身近な人が沢山撮っている。すましたポートレートもあればあからさまなヌードも。しかし、おすまししたその人がヌードになる瞬間の最もエロチックで、もっとも魅力的で、皮がむかれてその人の真実が赤裸になる瞬間はあまり撮っていない。
全体としてフォコン調を含め、表現のバリエーションは豊かだった。しかし、ユニークさというのはあまり感じられない。作風は明るくなった。技巧的なものも増えた。もう一度新しい写真を模索し始めているのかもしれない。
ベルナール・フォコン Bernard Faucon
たくさんの若い人たちがさまざまな考えを持ち、集中して写真を撮っていること、そしてそれぞれの作品の中に繊細な部分を見つけ出すことができ、たいへん素晴らしいと感じました。
しかし、撮りたくて撮っている写真が何枚あるかが疑問です。私が写真として訴えを感じるのは、自分の身の回りのことや自分の生活、家族など一連の作品で小さなストーリーを展開している中に感じられる繊細な部分です。
上手い写真というのは、自分が思い描いていた通りのものを撮れた時か、或いはまったくの偶然で撮れた場合のどちらかだと思います。この中には偶然で撮れたよい写真がたくさんあり、自分で描いていたイメージに外れていても、うまく写真が撮れたというケースが非常に多いのではないかと感じました。また、一人の応募者が制作した複数の写真の中には、一つだけ良い写真はあるものの、他のものはだめだったり、全体的にまとまっているけれども、飛びぬけた作品はないように感じました。
第18回 審査総評
荒木 経惟 Nobuyoshi Araki
一番素敵な被写体は身近にある。例えば優秀賞のこの少年(弟)。それは、無意識に一番大切な良いものなんだよ。だから、無意識にイイ線いってると思う。わざわざ外国に行ったり、全然関係ない町撮ったって面白くない。俺も、近所を撮ったりするけれど、近くが愛しいんだよね。
やっぱり、自分との関係がないところを撮るのは面白くないだろ?それから、女性の方がおもしろい。それぞれ独特のものがある。ざっくばらんに撮って、生き生きしてる。男は、一生懸命、真面目度が見えちゃう。女性は、平気で自分の感覚良いと思って撮ってるから困っちゃうな。図々しさがあるんだよ。
飯沢 耕太郎 Kotaro Iizawa
作品のレベルは全体的に高かったのではないか。しかし、「写真新世紀」も、これだけ長く続いていると、審査員としてもある種のパターンに慣れてしまって、新鮮さが薄れてくる。僕らも出品者も、写真を撮ること、見ることの驚きを取り戻す必要があるのではないだろうか。その中で、僕が佳作に推し、南條さんが優秀賞に選んだ岩崎マミさんの作品のレベルの高さが、目についた。彼女は今、イギリスのブライトンに留学中だが、これだけ完成度の高いフォト・ブックをまとめる力がつくのは、教育システムの違いとしかいいようがない。
南條 史生 Fumio Nanjo
全体に出品者が増えているのに内容が似てきている。物語り調のものが増えたような気がする。それからゲーム感覚。ほとんど身近の風物、人物が中心で、それに海外をした時の写真が若干混ざっている。結局、ちょっとばかりの珍しい情景、海外に出ればいくらでもある。しかしその一方で身近なものの中に、特別なものを見出すことは、簡単ではない。普通の情景、身近な世界の中に、特異なもの、ドラマを見出す能力が必要なのだ。単なる旅の写真では、エキゾチシズムとなりやすい、我々にも共通のものを撮った方がいい時もある。目になること、何かある特別なものを感じ、見出し、それを写しとることが、写真というものの本質なのではないか。写真を撮るために撮っても、それは何も語ることは、できない。言いたいことがあるかどうかが問題だ。そんなことを、今回の審査をしながら感じた。
ホンマ タカシ Takashi Honma
荒木さんを否定し、ホンマを否定するような写真家はいないのかな?なんかみんな似てる。なんちゃってヒロミックスとか(未だに!)みんな荒木さんの顔色を窺っている気がする。(審査員も含めて)。確かに僕も荒木写真が大好きです。でもそんなんばっかじゃなー。全然驚きも感心もしなかった。その中で結果的に活きのいい写真を見つけ出した荒木さんに感心した。さすがです、まいりました。自分の無精を反省した。(カラーコピーを最初から見てなかった)でもやっぱみんなもっといろんな種類の写真を撮ろうぜ。ウエッグマンの犬とか、ベッヒャースクールとかみんな知らないのかな~。
あとヒントその1
荒木さんは「目で見えるよりよく撮っちゃダメだ」って言ってた。逆に「すごーくよく見える写真出したら、おもしろいんじゃないかな。」
