第1回 写真新世紀展1992 公開審査会開催報告
公開審査会 1992年11月6日(金)
東京・四ツ谷、東長寺講堂・P3、「第1回写真新世紀展」会場にて、1992年度の年間グランプリを決定する公開審査会が行われました。91年秋より1年間で4回の公募が行われ、その中から選ばれた優秀賞受賞作家12名のプレゼンテーションや審査員荒木経惟氏、飯沢耕太郎氏、南條史生氏による選考が行われました。審査は、コンセプト、時代性、技術性、将来性、表現方法(展示)が審議されました。審査員の先生より「山本さん、千葉さん、岩崎さんを始め、皆よかった。でも、木下さんの作品としての強さが一歩リードした(飯沢氏)」という事により、最終的に年間グランプリには、木下伊織氏が選ばれました。木下氏には奨励金100万円と次年度の個展開催権利が贈呈されました。

公募の審査にあたって
第1回 写真新世紀展1992 公開審査会は第1回・第2回・第3回・第4回公募作品を対象としています。
第1回 審査総評
荒木 経惟 Nobuyoshi Araki
近来ないコンテストだし、ほとんど傾向がない。ヘンなのがいろいろあって楽しいね。ちょっと寂しいのは、俗に言うストレート写真でいいのがない。あと、点数が少ないのは、世界が伝わりにくいよな。最近、おもしろくないものをやればアートだって言う傾向があるけれど、本当に撮りたいもの撮ってないと、こっちに伝わってこないよね。写真の形式にはこだわらず、撮っている時の生理とか、生の感情が伝わってくるようなのがもっと見たいなぁ。でもとにかく、写真をパフォーマンスと解してるのが、一杯あって良かったね。
飯沢 耕太郎 Kotaro Iizawa
思った以上にバラエティのある作品が寄せられて審査はとても楽しかった。一回目としては大成功といえるだろう。コンテストでは、見せ方も重要な要素だが、作品の完成度ばかり追求し、細部まで計画されたプロセスをなぞっていくだけでは、写真としてはつまらない。作っていく過程で何かの発見があって、逆に自分が変わってしまうぐらいのインパクトがないと、例えばスターン・ツインズなどの縮小再生産になってしまう。今後の成長が楽しみな人が多かったので、継続して応募してほしい。対象をきちんと見つめた、広い意味でのドキュメンタリーのいい作品も期待したい。
南條 史生 Fumio Nanjo
全体に新しさを技術的な部分に求めているように感じられる。しかし、新しさはその内容、あるいはメッセージに求めたい。内容が新しければ、それにふさわしい表現技法が自然に生まれてくるのではないか。それを忘れると、どこかで見たことがあるような作品やプレゼンテーションになってしまう。あたり前のことだが、自分が真に何を言いたいのか、自分の内面をまず探ってから出発すると、より力のある作品になっていくと思う。
第2回 審査総評
荒木 経惟 Nobuyoshi Araki
今回は力作が多いね。感覚が上がってるますよ。俗に言うアマチュアって感じがしないね。みんな頑張ってますね。第一回でダメだった奴も挑戦してきてるしね。「これダメっ」なんて言おうものなら、どこかで襲われるんじゃないかって気迫があるよ。ただ、見せることの完成度ばかりを狙って、写真そのものにパワーが感じられないものが多い。写真はナマモノだから、温めてないで、旬のうちに発表しなくちゃ。アタシのように。
飯沢 耕太郎 Kotaro Iizawa
前回の出品者で、また出してくれた人が多くうれしかった。
しかもそのレベルが一段と上がっている。
今回入賞した今さんや清水さんも、その点が評価されたと思う。
こだわりとナルシズムは似ているけれども微妙に違う。
自分の世界にこだわり続けていても、どこか見る者に向けて開いていく回路が欲しい。
入賞者以外では、菊地氏「静かな者」の凄みのある表現、河合氏の旺盛な制作意欲、遠藤氏のとぼけたユーモアも心に残った。
南條 史生 Fumio Nanjo
全体としては、テンションが高い。ひどく質の低い作品というものは少ない。だからもっとテンションを高めて、今まで見たことがない発想や意表をつくイメージを追及して欲しい。1点の提出では、それが面白く見えても作品の意図が充分分からないことがある。3点から5点位は提出してもらうとより審査しやすい。ただし、複数の提出でも、全く違うタイプの作品では、その人のアイデンティティーが疑われる。「何でもできます。選んで下さい。」というのではなく、これしかないという所まで煮詰めて出すべきだろう。額に入れる必要はないが、きちんとしたプレゼンテーションをして提出すべきだ。あまり粗雑に作られていると内容が良くてもその人の表現能力が疑われることになる。
第3回 審査総評
荒木 経惟 Nobuyoshi Araki
みんな我がままで、勝手にやってていいね。批評なんていらない、させないって感じがあっていいよ。でもさ、何か頭悪いのに一生懸命考えようっていうのが多いね。そうじゃなくてさ、ちょっとしたアイディアでどんどんやればいいんだよ。やっちゃうことでさ、いろいろ気づかされるだろ。もっと、動き回って、外のものとぶつかりあってさ、被写体も、撮るほうも動いているっていう生身の感じ、体で撮った写真が見たいね。
飯沢 耕太郎 Kotaro Iizawa
3回目にして、ある種のパターンができてきたような気がする。レベル的には落ちていないと思うのだが、はっとさせるような新鮮な作品はむしろ少なかった。誰が何と言っても、これが好きと言わせるような作品がもっと出てきてほしい。今回は佳作の選択で、審査員の意見がかなり割れた。いつもと比べて佳作がやや多いのはそのためだが、それだけ傑出した作品がなかったということでもある。遠藤氏のエネルギーは買えるし、また、第一回受賞者の岩崎氏は繊細なイイ仕事なのだが、量の割にはパワーが感じられなかったのが残念。これまでの受賞者の方々に一言。一度で安心することなく、よりパワーアップした作品を寄せてほしい。審査員の共通した願いは、「写真新世紀」から力のある作家が育っていくことなのだから。
南條 史生 Fumio Nanjo
今回が一番レベルが高いように感じた。特に気になったのは佳作の東谷氏の作品で、作品の下部だけだったら、逆に作品の奥行きを感じられたのではないかと思う。3回連続佳作の安彦氏の作品もいい作品だと思うが、本当に金の額縁と作品のコンセプトが合致しているのだろうか、という疑問があった。審査をしていて目に留まるのは、やはり強い個性、極端な嗜好、高い表現技術を持った作品である。そのどれかの部分で突出している時、観るものは魅かれるのではないだろうか。
第4回 審査総評
荒木 経惟 Nobuyoshi Araki
まだまだアタシには追いつかないけれど熱気があるよ。実験の段階だから、何でもやっちゃったほうがいい。でも、写真っていうのは無意識が出ちゃう、出されちゃうっていうのがいいんだよ。意識して撮ろうと思ったりするんじゃなくてさ、自分で気づかないものが出ちゃって驚く、何かを教えられる。それが一番の写真なんだけどね。最初から、こういう感じにして見せようって、器を作っちゃうのはちょっとね。計画通りってつまんないじゃない。みんなもっと、若さの過ちをしたほうがいいんじゃない?
飯沢 耕太郎 Kotaro Iizawa
今回は点数も多く見ごたえがあった。特にスケッチブック形式の写真日記が定着してきて、質的にいいものが多かった。ただ、荒木さんの「写狂人日記」のレベルまで達するには、まだまだ“芸”が足りない。独りよがりでおもしろがっているレベルを突き抜けてほしい。期せずして入賞した三人については、審査員の意見が一致してしまった。正直言って、どの作品を選んでもよかった気がする。四回続けてみると、審査員の眼が毎回問われているようで、結構辛いものがある。
南條 史生 Fumio Nanjo
ますます全体の質が上がってきている。何度も応募している人も、さまざまな実験を重ねているし、より、コンセプトを深化させてきている。暴れていながらコントロールのきいた作品が増えている。表現のプロとは何か。自分を全力を上げてぶつけることと、その自分を見ているもう一人の自分が必要ではないか。その自分は、的確に写真の焼きや額などプレゼンテーションの質を厳しく見直していなければならない。内容、表現レベル、プレゼンテーションの仕方とも、インパクトのあるものにならないと審査の目に留まらなくなっている。それを考えて応募してほしい。
