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アートビリティ作品紹介

田辺綾子さんの素敵な作品を壁紙に!

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2007年はアートビリティの代表的作家、田辺綾子さんの作品を毎月紹介しました。
田辺綾子さんのステキな作品であなたのパソコンのデスクトップを飾ってみませんか?

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「木かげから」

お元気でお過ごしですか。私は元気です。
恥をさらしますが、毎年、秋の七草を覚えようと思いながら、覚えないまま秋が訪れてしまいます。萩(はぎ)、薄(すすき)、葛(くず)、撫子(なでしこ)、女郎花(おみなえし)、藤袴(ふじばかま)、桔梗(ききょう)、秋までに覚えようと思っている時には、たったこれだけと思うのに、たったこれだけのことが覚えられないのです。

今回は、アートビリティと私の出会いから書きたいと思います。その頃、障害者美術というものに、違和感を覚えていました。絵を評価するのではなく、障害者であっても絵を描いていたら、それだけで素晴らしいことであるかのように思っている感じがしたからです。そんな時、小学生の頃、週1回通っていた絵の先生から、ある企業がアートビリティの絵を使っているのを見て、応募してみたらと奨められました。ここは障害者であるとかないとか、感じさせないところだからよいのでは、ということでした。

先生から、新聞を見てアートビリティのことが紹介されているのと同時に、お知らせ先が載っている記事を頂きました。とりあえずという気持ちで、アートビリティ事務局からパンフレットを送って頂きました。
まだ先入観があり迷いましたが、ちょうどあと少しで20才も終わる時期で、思いきって絵を送りました。送る以上は私なりに気合も入っていたと思います。しかし、この時にはちゃんと台本ができていて、1回ではまだまだ、5回くらいは応募して落ちて、修練して励もうと思っていたのでした。それがびっくり、審査に通り、それからアートビリティとお付き合いするようになり今に至っています。

私は幼い頃から絵を描くのも見るのも好きで、ずっと画家志望でした。当時、私のような絵を応募するところは思いつきませんでした。
そんな時、アートビリティと出会い、また、多くの人たちとの出会いは、私の宝物になっています。今、絵は描けませんが、私の絵が旅をし続けられるのは、アートビリティがあるからです。アートビリティの絵を好んでくれる人たち、また障害者とは何だろうと感心を持ち続けてくれる人たちがいることを幸いに思います。

「ラジオから」 雨音を聴きながら
傍らにあるラジオから聞こえてくるニュースに 心が痛む
確かに私のお腹の中は 満腹で満たされている
美しい音楽に心が踊る
本を読み 未知の世界に思考が広がる

それでもいじめられて泣いている子どもがいる
いじめながら心では叫んでいる子どもがいる
飢えに苦しむ子どもがいる
学びたいと思いながら学べずにいる子どもがいる
銃を持ち戦う子どもがいる
親になぐられても声を出さずに過ごす子どもがいる

子どもは大人から逃げられない
生きていくのに食べることが必要であるのを知っているのは子どもだ
だから子どもは大人に従う

世界中の子どもが笑顔で過ごせる日に
私は心から幸せになれる

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「かくれんぼ」

お元気でお過ごしですか。私はあまり元気とは言えません。
きっと季節の変わり目だからでしょう。冬から春へ変わる時と秋から冬へ変わる時では、温度計の針は同じであっても、温度の感じ方が違います。
寒さに向かう風景はきれいですが、大抵、私の体調にはそぐわないのです。
しかし世間一般では、スポーツに、読書に、食欲に、実り多い季節です。この中でも私は、季節を問わず、食べ物と読書に好奇心旺盛です。しかし、どちらも私には控えなくてはならないものです。1つはやはり一般の人と違って、身体を自在に動かすことができないからです。けれども毎日おいしい食事を食べています。
もう1つは、主治医から本を読みすぎないようにと言われたのでした。そういう先生も本が大好きで、本の貸し借りをしています。
一時期、先生の言われたとおり読む本を少なくしたことがありました。すると眠りが浅く、目覚めは良いのですが、夢ばかり見ていました。バクと過ごすより本を読む方がよいと思い、また本を増やしました。
本は未知の思考へ散歩することができます。一般の人が自在に身体を動かし、気づいたら未知への散歩をしているのと同じです。どうせなら深い眠りの中で、バクに会ったことも気づかずに出会いたいと思います。
こんな具合に大した意味もないお便りを書いているうちに、元気になってしまうから不思議です。

「捻挫」 足が痛い
ちょっとしたことから 足をひねった
極めて軽いねんざ
歩けないし 自在にならない足
いつも特別 注意もしていなかった
それでも身体を動かそうとすると足が痛い
身体はみんなつながっている
これまでそこそこの日々を過ごしていた
今 私の足は元気ではない
こうなると 全身が元気ではない
足がしゅんと うなだれていると
身体もしゅんと うなだれる
気を張ろうとしても しゅんとうなだれている
そこそこの日々が 一日で懐かしい
痛いの 痛いの 飛んでいけ

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「みんなの冬」

お元気でお過ごしですか。私は元気です。
と言っても、このキヤノンのホームページも12回目を迎え、終わるのかと思うとさびしい感じがします。今だから告白しますが、インターネットは大の苦手でした。それがこのような機会を与えられ、ヘルパーの代筆で12回無事書き終えることができたことを幸いに思います。
今年は12月に入り、急に冬らしい寒さが訪れました。ただ枯れて散る木の葉もあれば、寒さと日光浴で色鮮やかに紅葉する葉があります。私のささやかな人生が、紅葉して舞い散ることを願っています。そのためにも、今私ができることは何かをよく考え、本を読む日々です。正確には、録音図書を聴く日々と言った方がよいでしょう。どの本にも1つの理があり、存在する意味はあります。しかし、私は時間のふるいにかけられても風化していかない、そんな本を好んで読みます。それは多くの芸術作品が願うことだと思います。私の日常は、そんな願いに叶った輝きに包まれています。拙い文章を12回も読んでくださった人達に心から御礼申し上げます。
<追伸>
偶然、9月にアートビリティのことを書いたらアートビリティ大賞をいただき、これこそ偶然の一致とびっくりしました。アサヒビール奨励賞、日立キャピタル特別賞、そしてアートビリティ大賞と、その時々階段を上がってきた思いです。これもアートビリティと私の絵に関心を持ち続けて下さった人達のお陰です。重ねてどうもありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

「私と椅子と空」

17歳の時 私は私の身体に合った車椅子を作った
私の好きな赤い色で
歩ける限り歩いたから 歩くことに心残りはなかった
行動範囲が広がったことで 心踊る思いがした
周りの人達は車椅子が珍しくて振り返る
私も車椅子の人が珍しかったから 仲間に会えた気がして嬉しかった
車椅子で行動するようになり 空まで広がった そんな気がした

「私と車椅子と芽生え」

車椅子で出かけるようになって気がついた
私も車椅子を見ることは少なかったから
車椅子が珍しく振り返る人や
話しかける子どもたちがいるのは当たり前に思えた
車椅子に関心を持ち 自分達との違いに問い掛ける子どもには
なぜかを説明したいと思った
けれども親が幼いその手を握り
身体がよじれるのもかまわず
見てはいけないと小声で言いながら引っ張って行く
子どもに芽生えた好奇心の目を1つ摘んでしまった事を知らずに
摘まれた芽は 私の将来へと繋がっていたから残念に思った

「私と車椅子と友達」

障害があってもなくても友達になる
町へ出かけたり
互いの家に出かけられたらと思う
気楽に食べてしゃべってトイレへ行って
こんなことができたらと思う
けれども人々も家々も町も そんなことは思わない
割合やパーセントで障害者を計り
近代的と錯覚して満足している
本当に障害があってもなくても
関係ないと言える日が来ることを思っている

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