インタビュー - Interviews -

田中 刑事選手
インタビュー

平昌五輪に向けて躍進する22歳
「1年後どの舞台に立てるのかは自分次第」

NHK杯でGPシリーズ初メダルを獲得、全日本選手権で2位と、今季目覚ましい成長を遂げた田中刑事。3月、世界選手権(ヘルシンキ)に初出場する22歳に、スケートや五輪への思いを聞いた。

やってきたものが少しずつ形になってきたシーズン
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四大陸選手権を終えて、今どんな思いがありますか。

練習どおり出たなっていう感じでしたね。現地(韓国・江陵)に入ってきてからは、ジャンプの調子は良いですけど、プログラムの調子が良くなかった。冬季ユニバーシアードから帰ってきて、1週間しかなかったので、そこでの調整の難しさがよくわかりました。

冬季ユニバーシアード(銀メダル)に続いての試合でした。

連戦というのも、試合が終わって数日空けて、次の週に試合があるのは一度やったことがあるのですが、体はしんどいけど、気持ちは昂ぶったままいけることもあるので、意外と動けるものなんです。でも今回のように1週間空くと、前回の試合の疲れを取らないといけないし、でも次の試合に向けて高めていかないとならない。それが今回すごく難しかったです。

今季はNHK杯で3位、全日本選手権で2位。この躍進をどう感じていますか。

特に大きな気持ちの入れ替えはなくて。やってきたものを少しずつ形にできて獲れた結果だと思うので、そんなに驚きとか喜びはないんです。(笑)

今までで一番嬉しかった試合を覚えていますか。

2015-2016シーズンのNHK杯フリーです。やっぱり結果より出来が良かったときのほうが、自分の中では、表彰台より喜べます。ジャンプももちろん決めて、決めた喜びがプログラムとか表情とかにも全部反映されてきて、失敗したときに比べると、楽しさが全然違う。そこで出し切れたと思えた試合がやっぱり一番嬉しい。全日本も失敗しているので、1個でも失敗があると、できるだけ引きずらないようにはしていますが、気持ちの面では成功したときに比べると何か違うかなっていう感じはします。

4回転と親友になりたい
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男子シングルでは、4回転の成否が成績に大きく関わってきますが、今、4回転とご自身の関係を振り返るといかがでしょうか。ジュニア時代に最初に成功させた4回転はトウループでしたね。

そうですね。トウループが今は全然できる感覚がないので、サルコウのほうを練習して、ちょっとずつ形になってきたんですけど、まだ親友になれていない感じですね。(笑)

では、トウループは?

トウループは、まだ他人ですね。昔、知り合いだったんですけど、すぐどこかにいっちゃうから。サルコウに切り替えたというか、練習していったら、少しずつ形になっていったので、今はサルコウを軸にしてやっています。

新しいお友だちは探していますか?

そうですね。もうやらないといけないという感じは試合を重ねるごとに思う。常にピンチだなという感じはしています。自分がループとか、フリップ、ルッツをやっていることを想像していなかったのですが、サルコウとトウループは跳びたいという気持ちは昔からありました。そこをやっても、今はすごい厳しい戦いになるんですけど、まずは昔やっていたトウループをやりたいなっていう気持ちは年々強くなっているので、少しずつ形にしていきたいです。

理想としていた4回転ジャンパーはいますか。

4回転ジャンパー……全然浮かばないくらい今が凄すぎる。

今、試合で刺激を受けるわけですね。

一番身近というか、普段から接する機会が多いのは、(宇野)昌磨です。本当に軽々と跳ぶ。僕は一からアップしないと体が動かないですが、たとえば氷に入ってすぐ、本当に少しの動きでも力を抜いていても跳べるような4回転の理想の形だと思う。普段見ているとすごいなと思います。

コーチへの信頼感
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小学3年生の頃から指導を受けている林祐輔コーチは、どんな先生ですか。

スケートに関しては僕のことを一番知っている。調子の悪いとき、調子の良いときの流れの掴み方を先生は分かっています。もし違うコーチなら、絶対に分からないという点も、知っていると思うので、そういう信頼感はすごくあります。その日の動きを見て、「あのジャンプが悪い」とかじゃなくて、そのジャンプが悪い原因を辿って、スケーティングからあまり良くなかったのを気づかせてくれて、そういうのをちょっとずつ直すとジャンプも良くなってくる。調子が悪いときの原因を、先生はしっかり分かっています。

林先生とは、一緒にオリンピックを目指しているという感じでしょうか。

そうですね。僕も先生もそんなに語り合う感じじゃないので。(笑)常にいてくださるのがあたり前と思っている。先生とともに、ちょっとずつ成績を残してきて、一緒に試合に出て積み重ねてきているので、やっぱり僕も大きい試合に出たいですし、先生にも(リンクサイドに)立っていただきたい。試合で良い出来だと本当に僕も嬉しいですし、先生が喜ぶのも、僕もすごく分かります。一緒に支えてくださっている先生です。

一緒に喜んだり、一緒に残念がったり?

僕も先生も、たぶんそんな感じです。

長光歌子コーチは、どんな感じですか?

長光先生がリンクに来てくださるときや、試合の前に、アドバイスをいただいています。ほとんどがスケーティングについてですが、スケーティングでの魅せ方を一つずつ教えてもらっています。

「どこまでできるかお互い支え合いながら、頑張っています」
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羽生結弦選手や日野龍樹選手と同級生ですが、自分の世代の選手たちについてはどうですか。

日野くんとはよく普段から連絡をとって、状況を確認しながら(笑)、一緒に頑張っています。羽生くんが先に行って、日野くんとは一緒に成長してきている感じがある。お互いいつまでスケートを続けるか分からないですけれど、大学を卒業しても2人はやめないと確認しているので、どこまでできるかお互い支え合いながら、頑張っています。

これから、どんなふうにスケートに取り組んでいきたいですか。

明確なビジョンはないですけど、大体1年ごとに何かのプログラムを変えるので、そのプログラムで新しい表現とか作品を作って、シーズンでその曲に対しての完成したものをもっと見せたいと思う。自分のなかで納得のいくプログラムというのは、なかなか滑れていないので、そういうのをたくさん滑れることが僕のスケート人生の中の楽しみだと思います。

プログラムのお話が出ましたが、振付はやはり重要ですね。今季のプログラムは、マッシモ・スカリ(元アイスダンス世界選手権銅メダリスト)の振付です。

滑っていて楽しいですし、ジャンプが入ったときの完成できたという気持ちと、評価してくださる方たちの感想を聞くと、本当に良かったなと思えるプログラムがたくさんある。そういうものをもっと滑りたいなと思いますね。

来季もマッシモ・スカリの振付を考えていますか。

まだ両方変えるかもわからないですが、ショートは2年使っているので、まずショートは誰に頼もうか、と考えています。フリーはマッシモ先生にしてもらうとか、どちらかは絶対作ってもらいたいので。

マッシモ・スカリの振付の魅力は?

振付したら、あとは1年間ほとんど手直ししていないんです。一度も。いただいたものをほとんどそのままやる。小さいことはちょっとずつ変えているんですけど、ほとんどそのままなんです。滑り慣れていない時期と、滑り慣れたシーズン後半とでは、見てくださった方の感想もだいぶ変わっている。プログラムの魅力、曲の魅力っていうものをすごく引き出せる先生だと思います。

憧れの先輩・町田樹から学んだ
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何度も聞かれていると思いますが、“刑事”という名前の由来は? ご自身ではどのように気に入っていますか。

覚えられやすいっていうのが一番ありますね。“刑事”という名前は、正義感の強い子に育ってほしいと。その職業についてほしいというのではなくて。

自分では正義感は強いほうだと思いますか?

普通だと思います。でも悪さはできない名前だと思う。

岡山県倉敷市のご出身ですが、小さい頃、同郷の髙橋大輔さんはどんなふうに見ていましたか。

始めた頃はそんなに分からなかったんですけど、スケートを本格的にやりだしたら、上手い選手がいるなあと小さいながらも気づきました。クラブの出身で、大阪に練習に行っている選手で、ときどき帰ってきて滑っていることが少しずつわかり、本当にすごい選手だなと思いながら、同じ先生について練習していました。全日本とか、試合を見に行くと、本当に輝いて見えました。

田中選手は、町田樹さんとも一緒に練習していたそうですね。

たぶん昔から、一番近くで見ていた憧れの選手でした。夏の間、岡山のリンクにたまに来ていて、そこでよく練習を見たり、小さなローカルの試合でもよく会いました。

町田さんは、2014年全日本選手権で衝撃の引退発表をしましたが、田中選手もそのとき現場にいらっしゃいましたね。

引退発表ももちろん驚きましたが、ノービスやジュニアの頃からの憧れの選手が、一つひとつグランプリなどで成績を残していって、オリンピックに選ばれたときは、本当にすごいなと思いました。僕もあんな感じになりたいって、具体的に思い始めました。

町田さんをロールモデルに、田中選手も一歩ずつ着実に進んでいるように見えます。

いやー、やっぱりまだ足りないなって思う部分がたくさんある。同じ道を行きたいとも思うし、まだ足りなすぎるなと思うところもあるので。まず自分が1年後にどの舞台に立てるのかは、自分次第だと思う。やることは本当に同じですけど、日ごろから何をやって過ごす1年なのかをすごく考えないといけないなと思います。

町田さんから、そういうことを考えるように言われたことは?

(笑)。ないですね。僕は見て育ったほうなので。本当にたくさん学ばせてもらいました。

たくさんの大きな舞台で、プログラムの完成形を

今の夢を教えてください。

オリンピックという試合にも出たいです。オリンピックに出るだけでも厳しいことなんですけれども、それよりもまずは、その年に与えられたプログラムの、本当に完成したものを、たくさんの大きな舞台で滑りたい。それが今一番の目標です。

試合は好きですか。試合数は多いほうが良いタイプですか。

いや、どちらでもないですね。(笑)出たいですけど、すごいしんどいのも分かるし。厳しい世界ですけど、まず自分の持てるものを100%出して戦いたい。今回のように自分ができないことや悔しいことが多いので、少しずつ積み重ねてきたものを信じてやらないといけないと思います。

四大陸選手権での悔しさは、次へのモチベーションになりそうですね。

しないといけないと思う。1ヵ月で何ができるか。思い残しのないように1ヵ月を過ごしたいなと思います。

世界選手権での活躍を期待しています。

ありがとうございます。

2017年2月、四大陸選手権にて取材

田中 刑事選手の
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