インタビュー - Interviews -

デニス・テン選手
インタビュー

「自分ではなく、母国のために滑る」
ルーツである韓国で、新境地の演技

文・野口美恵(スポーツライター)

四大陸選手権2015で最高の演技を見せ、289.46点の高得点で優勝を飾ったデニス・テン(カザフスタン)。母国唯一のトップスケーターとして、またソチ五輪の銅メダリストとして、新たな4年にかける思いを聞いた。

ソチ五輪のメダル獲得から1年 「スケートの意味が変わった」
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2013年の世界選手権で銀、2014年ソチ五輪で銅、そしてとうとうISU(国際スケート連盟)主催大会でタイトルを手にしました。カザフスタンに新たな歴史を刻んでいますね。

この3シーズンを振り返ると、本当にプレゼントのような時間でした。間違いなく2013年世界選手権での成功が、自分のキャリアの転機になりましたし、その手応えがソチ五輪に繋がりました。その間、アップダウンもケガも色々とありましたが、この苦労もいつかは飛躍に繋がる、自分のキャリアはもっと上がる、と信じ続けてきました。

昨季は、終わってみれば五輪メダリストですが、苦労した1年でしたね。

ケガや体調不良もありましたが、それ以上に精神面が大変でした。2013年世界選手権は挑戦者として力を発揮できたのですが、五輪となると違う欲望が沸いてきたんです。もっと良い演技をしたい、メダルも欲しい、名誉が欲しい。それに母国からの注目も浴びていたので、それに応えたいというプライドもありました。色んな感情が巡ってタフな1年でした。

五輪でメダルを獲得して、複雑な感情からは解放されました?

そりゃもう、五輪のメダルを持って迎える今季は全然気分が違います。変化したのはスケートに対する姿勢です。今は自分のためではなく、両親や母国のためにスケートをしている。完全にそのスタンスは変わりました。しかも今季は良い成績を出せている。これが自分にとって良いモチベーションの作り方なのだと思います。

自分のためではなく、母国のために滑るのですね?

2年前、まだ何も大きな大会のメダルを持っていなかった頃は、やはり順位や得点を意識していました。2013年の世界選手権も、ソチ五輪も、自分自身がメダルを欲しかったんです。でも今はスケートをする意味が違うんです。自分をサポートしてくれる両親やファン、カザフスタンの関係者を喜ばせるために滑っているんです。そのために自分を進化させ、新しい演技を磨いて。もちろんタイトルやメダルが獲れた方が良いのは事実です。キム・ヨナと同じでしょうね。たった1人の選手が母国のスケートを背負い盛り上げる、という使命を感じています。

カザフスタンではヒーローに 奨学金を創設し、後輩育成
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カザフスタンでは国民的ヒーローですね?

五輪後はとにかく忙しかったです。国内あちこちの都市を回ってイベントがあり、テレビ出演やコマーシャルの仕事もありました。皆が興奮して、サイン、写真、握手を求めるので、僕はボディーガードを雇ったくらいなんです。本当ですよ。それくらいファンが興奮していて、車から一歩降りるのも危ないって感じでした。小さな国ですからね。でもそんな経験を出来たのは素晴らしいことです。

フィギュアスケートは母国でメジャーな競技になりましたか?

ソチ五輪では誰もがテレビを見て僕のメダルを喜んで、幸せを共有しました。国民がフィギュアスケートを通じて一体化したんです。五輪後に、母国で2つのアイスショーを開催したのですが、チケットは即完売! 生でスケートを見るのは初めてという人ばかりだったので、次は何をやるのか全然予想ができないわけですから興味津々で観ていました。ブライアン・ジュベールもショーに出てくれて、とても素晴らしいショーになりましたよ。

観戦するファンが増えたら、次は競技者も増えるのでは?

もちろんです。昨年オフには僕がコーチになってスケート教室もやって、すごく楽しかったです。趣味で始める人が現れれば、そのうち競技人口も増えていくでしょう。そして選手育成基金も創設しました。僕自身の賞金や収入をつぎ込んで作ったんです。奨学金制度でスケーターを育成するものです。

色々な角度からスケートに取り組んでいますね。

僕の国のフィギュアスケートの将来は、すべて僕の肩にかかっているんです。それはプレッシャーというより嬉しいことで、僕が思いつく事のすべてを行っています。フィギュアスケートを普及させるため、来る仕事はすべて引き受けています。コマーシャルもテレビも雑誌も。競技の発展は結果的に自分のためになりますしね。

五輪から1年の2月14日 四大陸で自己ベスト更新の初優勝
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四大陸選手権は、自己ベストを更新する素晴らしい演技でした。

今回は、まさに力を発揮することが出来て、ここ数ヶ月の間の進歩を試合で示すことができました。いま正しい方向性に自分が向いているんだなと実感し、嬉しいと同時に、とても安心しました。しかも優勝したこの2月14日は、ちょうど1年前、僕がカザフスタン初の五輪メダルを獲得した歴史的な記念日なんです。だからこの四大陸選手権は二度目の五輪のような意気込みで臨みましたし、優勝したことでもう一度五輪のメダルを祝福してもらったような気分です。

ショートが終わった時点で2位に9点以上の差を付けていましたが、フリーはどんな気持ちで臨みましたか?

実際には、優勝は目標ではありませんでした。今回は、良い内容のスケートをして、全ての試合で力を出せる選手だという事を示すのが目標でした。自分らしい『これがデニス・テンだよ』という滑りを見せたいと思っていたので、得点は関係ありませんでした。ジャンプの成功不成功よりも、高いプログラムコンポーネンツが出て評価されたことが自信になりましたね。

確かに、今季のプログラムは芸術面で高い評価を受けていますね。

五輪でメダル獲得後、新しいプログラムを作るのは大変なことでしたが、また素晴らしい作品に出会うことができました。特にフリーの民族音楽のものは新しい世界を示すことができたと思います。解釈が難しくてシーズン初めは戸惑いもありましたが、この四大陸で表現面での手応えを得ました。

素晴らしい集中力とピーキングでしたね。

実は、韓国で行われる大会ということで、特別な意味があったんです。僕の祖父は韓国の独立運動を推進した歴史上の人物で、僕にとってルーツになる国。最近は韓国の歴史についての本をたくさん読んだので、韓国の民族性も理解できるようになりましたし、あと僕のマネージメント会社は韓国の企業なんです。だからグランプリシリーズの間、四大陸のほうが重要な大会だと思っていたくらいです。

世界選手権の1か月前にピークを合わせてくるのは大変だったのでは?

むしろ2月という意味が大事でした。この韓国で、ちょうど3年後の2月に五輪が開かれるんです。だからこそ、2月に韓国でシーズン中のピークを持ってくるという調整の仕方は、重要な挑戦だと考えていました。僕が次の五輪を目指すと決めた瞬間から、やはりこの韓国で行われる四大陸選手権は、色々な意味で意義深い大会だったんです。

世界選手権、そして平昌五輪へ 「銅メダルよりも上を目指す」
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これだけ素晴らしい演技をした後で、さらに世界選手権が控えています。

今回のライバル達に加えてヨーロッパの選手達が来るので、上海での世界選手権はさらに熾烈な争いになるでしょう。僕自身は、四大陸の王者として臨むのは自信にもなるし、本当にワクワクしています。今季の作品の集大成といえる演技をしたいですね。

世界選手権の先には次の五輪も見据えているのでしょうか?

韓国での五輪まであと3年ちょうど。具体的にこうなろう、という事を考えてはいません。1年1年少しずつ成長していくことが大事でしょう。自分は今、正しいレールの上にいるという実感がありますから。

今回、韓国での試合を経験したことで繋がる部分はありますか?

今回出場してみて、韓国はカザフスタンよりもずっと練習環境としては充実していることが分かりました。だから平昌五輪までには、もっと強い韓国選手が出てくるでしょうね。それにファンが素晴らしかったです。キム・ヨナがいたこともあって、ファンがすごくスケートに精通していて、声援を送ってくれる。こういう国で五輪をやるということは、選手としても真の素晴らしい演技をしないといけない、というやる気になりました。

韓国でピークを合わせられたことも、五輪への自信になるのでは?

ピーキングは決して得意ではないので、今回ピークを持って来られたのは、とにかく気合いに尽きます。普段の試合はやはり緊張しますし、プレッシャーも感じます。でも最後の最後に気合いで集中する、という感じでした。

平昌五輪がスケート人生の集大成になる予定ですか?

もちろん平昌五輪がいまの一番のゴール、最終目標として決めています。2018年までは現役でスケートを続けることを宣言しましたから。そして五輪に向けては、大きな野望を抱いていますよ。既に五輪のメダルを持っているけれど銅メダルに過ぎない。だから平昌五輪はもっと上を目指したいし、目指すべきだと思っています。

(2015年2月、四大陸選手権の会場にて取材)

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