インタビュー - Interviews -

羽生 結弦選手
インタビュー

すべての出来事がマイナスだけじゃない
僕の好きなスケートを滑れる、幸せなシーズン

文・野口美恵(スポーツライター)

誰も予想できない波乱のシーズンだった。10月の衝突事故だけでなく、12月末には手術、そして2月に捻挫を負った羽生結弦選手。満身創痍で迎えた世界選手権までのドキュメント、そして不屈の精神を、彼自身が語った。

2週間の入院と、4週間の安静 「映像をみてジャンプをイメージした」
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12月の全日本選権のあと手術と聞き、驚きました。他に選択肢はなかったのでしょうか?

4cmほどおへそに沿って切る、開腹手術でした。それが一番、傷口が少なくて筋肉へのダメージが少ない方法とのことで、提示していただきました。全身麻酔での手術で2週間の入院。筋膜を縫ったので、手術後は日常生活の中では常に注意して下さいとのことで、自宅に帰ってからは4週間ほど安静にしていました。

安静期間が長いので、焦りがあったのでは?

筋肉が落ちていくことへの焦りはありました。だからイメージだけでも強く持とうと思ったんです。グランプリファイナル時など調子が良い時の映像を『ああこういうタイミングだったよな』と繰り返し見て、イメージの中でジャンプを跳びにいくという練習をしました。イメージトレーニングのお陰か、氷に乗った時の感触は心配していたほどは変わりませんでした。

4回転の練習で捻挫、2週間の療養 ブライアン・オーサーから毎日のメールでアドバイス
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4回転の着氷で捻挫したと聞きましたが、焦っていたのでしょうか?

むしろ逆ですね。世界選手権まで2カ月ぐらいあるし、だったら4回転ジャンプをフリーで3つに戻したいという気持ちがあったんです。だからプログラムの通し練習をものすごく数をやって、『演技後半の疲れたなかでの4回転』という練習を多発して、怪我してしまいました。反省点ですね。

結局、練習再開は3月上旬。トロントまで練習に行く時間が無くなってしまったのでしょうか?

手術後の体調の不安や、長時間フライトの負担を考えて、試合も日本から近上海だったので、日本で練習することになりました。

トロントに行かないとコーチに怒られちゃう、なんて考えました?

いや、それは無いです(笑)。ブライアンは、何よりも僕の体調を心配してくれていて、『なにか命令しないと』と迫ってくるタイプじゃないんです。僕がリラックスした状態でいられるよう、いつもの態度をキープしてくれました。そんな気遣いをしてくれたブライアンに感謝の気持ちで一杯です。

会えないまま、どんな練習方法を取ったのでしょう?

とにかく毎日メールしました。ジャンプが狂っている部分も、全部メールで相談したんです。英語で説明するのは大変でしたけど。ブライアンは僕の元々のクセを良く理解してくれているし、中国杯とかグランプリファイナルとかの動画から、良いジャンプと悪いジャンプを見比べて、『ユヅルはこういう傾向があるから、こういう時はこう修正してみて』というようなアドバイスをもらいました。それでジャンプの感覚はだんだん良くなっていきました。

会って指導を受けるのに比べたら、ズレもありましたか?

ジャンプをミスした時、リアルタイムにアドバイスが無いのは辛かったですね。でもブライアンやトロントのコーチ達から言われる注意点って、今はもうほぼ同じで、つまり自分はここを注意さえすればいいという部分が確立されてきているんですね。だから基本的には、ここ3年間いつも注意されてたことを注意しました。

世界選手権まで3週間のみ。何を心がけましたか?

とにかく曲をかけて通しの練習をすごくしました。昨夏より、グランプリファイナルより、本当に何回も通して、体力を付けました。だから全日本選手権よりも良い状態まで準備出来たと思いました。

それで、試合に出ることを決断したのですね。

いえ、棄権という選択肢はありませんでした。それは自分が現役スケーターだからです。そこに何も不思議な感覚がなくて、僕は日本代表として選ばれたからには滑って戦わないと、と。それに自分が出たいと言ってるワガママに家族や周りの人が付き合ってくれたからこそ、好きなスケートを幸せに滑ることができる、という思いでした。

「皆に会えてほっとした」上海入り 公式練習では「周りが気になった」
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そして迎えた世界選手権。上海でトロントの仲間と再会しましたね。

会ってすごくホッとしました。ブライアンもホッとした表情をしていましたし。そして僕の練習をみて『これだったら大丈夫だね』と言ってくれて安心しました。今回ここで会えてよかったと思います。

一人の練習は寂しくなかったですか?

むしろ、自由に曲をかけて練習できるし、全然マイナスじゃなかったです。ブライアンは「モチベーションを保つの大変じゃないか」と心配もしてくれたけど「でもユヅルは大丈夫でしょ」と言ってましたよ。自分自身、絶対、ここ(上海)にあわせようという気持ちがすごくありました。

久々に複数の人と練習すると、周りのスピード感などに影響されませんか?

確かに公式練習でありましたね。小塚崇彦選手、無良崇人選手、ミハル・ブレジナ、それにデニス・テンやハビエルがいてスピードがありましたから。それにやっぱり(事故があった)上海だというちょっとした思いもあったと思うんです。そのあたりで集中しきれなかったかも知れません。

フェルナンデスと一緒という雰囲気はいかがでした?

今季はハビエルと長い時間一緒に練習できていませんでしたが、公式練習になったらすぐにいつも通りの気分になりました。ブライアンが2人を同時に見てくれる状況です。

試合勘のなさと、環境に左右される弱さ ショート、フリーとも4回転でミス
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そして迎えたショート。4回転トウループがステップアウトに。

トウループをミスしたのは正直悔しいです。僕の得点源ですから。まずは試合勘が無くなり過ぎていたな、という感じです。公式練習の緊張や6分練習の緊張に慣れていなくて、集中力を欠いたかも知れません。

それでも得点は95.20点での首位発進でした。

4回転は、転倒によって減点されるとか、2回転になるというようなミスではなく、何とか(ステップアウトで)抑えられました。それにトウループのミスでの減点を巻き返せるくらい他の内容が良かったのは、この3週間本気で追い込んできたからだと思います。

フリーも4回転2本をミスしてしまいました。

今回は、環境に左右されてるなという感覚がありました。リンクの空気感とかライバルとか。そういう弱さがありました。練習で出来て、試合で出来ないということは、練習方法や本番への持って行き方をしっかり考え直さないと、と思いました。確かにグランプリファイナルは良い演技が出来ましたが、あれは中国杯、NHK杯と続いていて、僕とブライアンの中でも『僕がこうなったらこう』というモノがありました。でも3カ月空いて、自分の心境も変わったなかで、ちょっとしたズレがあったな、と思います。

4回転サルコウは、練習で絶好調だったのに!

サルコウは日本にいた時から、曲で掛けても決まる回数がトウループより多かったのであまり心配していませんでした。いつも同じ降り方を出来ていたし、ブライアンも『それで良いよ』って言ってくれたので自分の感覚を信じていたのですが・・・。でも本番で決まらないと意味がないですね。

総合で銀メダルですが、フリーだけの順位は175.88点の3位でした。

むしろ175.88点はよく頑張ったなと思います。4回転サルコウは2回転になって、トウループは転倒です。普段は加点されることを考えれば合計で20点くらい失っていますから、自分としては、表現やスケーティングで点が出てくれて良かったなというイメージです。

滑走順は羽生選手の次がフェルナンデスでした。

ハビエルは本当に難しい状況だったと思います。僕の次の滑走順で、花束やぬいぐるみが多くて、雰囲気も落ち着かない。それにブライアンが僕の演技を見ているから、自分の出番の直前までずっと一人で廊下で集中して、氷に降りて、やっとブライアンが来て、という状況なのに、あれだけ演技ができるのは、努力のたまものです。

チームメイトの逆転優勝には複雑な思い チーム・ブライアンが圧倒した男子シングル
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フェルナンデスが逆転優勝でした。

もし今回の順位が逆で、僕が優勝、ハビエルが2位だったら、彼は心の底から喜んでくれると思います。悔しい気持ちはあっても、彼はマイナスな気持ちを人には絶対にぶつけず押し殺す人なので。きっと地元バルセロナでのグランプリファイナルは、フリーであんなに良い演技をして勝てなかったから本当は悔しかったろうけれど、あの時でさえ『おめでとう』と言ってくれたんです。じゃあ今回どうかというと、僕は悔しい気持ちが9割。でもその中にふと、チームメイトが勝ったという喜びが確かにあるんです。チームのみんなが「ハビエルはこれまで見たことないくらい、頑張っていたよ」と言っていましたし、彼が頑張っている姿をはっきりと想像できるので、その努力が報われたことは嬉しいです。

今回は1、2位独占に加え、ナム・グエン選手が5位。ブライアン・オーサーの門下生が大活躍でした。

ブライアンに感謝するとともに、改めて、チームとしてのブライアン率いる『トロント・クリケットクラブ』を、すごく素晴らしいものなんだなと感じました。僕達は、とても幸せな環境で練習を積んでいるんです。

“チーム・ブライアン”に秘訣があるのですね。

そうです。遠征に来てくれるのはボスのブライアンですが、すべてのコーチが何かしらのスペシャリストで、知識を持っていて、それを交換し合っている。そして選手に対しても、僕やハビエルだけが特別ではなく、すべてのスケーターを平等に大切にしてくれます。トロントに移って3シーズン目になりますが、ハビエルは仲間思いのお兄さんみたいな存在だし、ブライアンは時々お母さんみたい。人としての成長まで見守ってくれている温かさがあるんです。

追い掛けることが出来る立場 「悔しさをバネに進んでいける」
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来年はどんなシーズンになりそうですか?

五輪シーズンにパトリック(チャン)を追ったように、また、追いかける事が出来る立場になりました。今度は自分のチームメイトを追う。彼が常に自分の近くにいることで、負けた悔しさは消えないし、悔しさをバネに一歩ずつ進んでいけます。

改めて、大変な一年でした。

本当にたくさんのアクシデントがありましたが、すべてがマイナスではありません。人生にとってスケーターの期間って、3分の1か、4分の1。この期間すべてがセカンドキャリアに活きてくる時間です。今スケートを始めて16年目ですが、事故やその他の色々な経験、僕にしか出来ていない経験がたくさんあります。それを後輩達に伝えていける立場になれたらな、と思います。スケートという場所に限らず、色々な幅で活動できればと思っています。

世界選手権を戦い抜きましたが、いま胸の中に湧き出る思いは?

感謝です。感謝を言い始めたら止まらないです。一番は、スケートをさせてくれた家族。こんなにお金が掛かるスポーツなのに、子供の頃、僕がやりたいと言った気持ちを大切にしてくれたのですから。あとはこの世界へ僕を引き込んでくれたソルトレイク五輪、そしてエフゲニー・プルシェンコ選手、たくさんの恩師とブライアン。あと靴もそうです。自分の体重の何倍もの負荷に耐え続けて、自分の足首や膝を守ってくれた靴。このシーズンが終わったら靴にもまた感謝して、ちゃんと取っておきます。

2015年3月29日、上海にて取材

羽生 結弦選手の
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